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2023.03.21

2023年3月1日元町、三宮


わたくしは某資格予備校のコースを受講していますが、その中におまけとして、模試が入っています。模試を受けるためには、受験番号を取らなければならないのですが、その申込期限をうっかり過ごしてしまうというミスをしでかしてしまいました。


ただ、幸いにも過ごしたのは郵送による申込期限で、窓口での申込期限はまだ過ごしていませんでした。そこで仕方なく三宮に出向くこととなりました。


西明石からだとちょうど元町と三宮のところでJR西日本の運賃が違い、元町で降りたら70円ほど安く済みます。元町から三宮までは、歩いて10分くらいですので、なんてことありません。


というわけで、元町で降りて、途中秘密のコンビニでキシリトールガムを爆買いするなどしながら、某資格予備校の三宮校に行きました。帰りも元町からJR西日本に乗ったのですが、その前に天下一品に行ってしまいました。結局何のための節約なのかということになりましたが、おいしかったのでヨシとしましょう。


帰りのJRでは、ダイヤの乱れにより、新快速がノロノロ運転になり、国道二号線の車にビュンビュン抜かれるという珍しい体験もしました。


以上、コロナ禍以来、滅多に外出しなくなったので、珍しい外出をここに記録しておきます。

2023.03.08

美術教師の脅迫に屈しなかった話


今回は中学時代の話です。


わたくしが中学三年生だった頃、ある美術の作品を提出しませんでした。その時、美術教師が今から考えるととんでもないことを言い出したのです。


それは、「あなたが作品を提出しなければ、内申書の成績を10段階の一番下である1にせざるを得ない」というものでした。


これは、事実であったかも知れません。しかし、中学三年生にとっては人生を左右するくらい重要な内申書を人質にとって、相手を自分の思い通りに動かそうという行為でもあります。つまり、卑劣極まりない行為です。


残念ながら、当時のわたくしはバカだったので、それが脅迫に当たるということには思い至りませんでした。ただ、言いようのない屈辱感というか、反感のようなものを感じました。それともともと怠け者だったので、作品製作自体が嫌だという気持ちもありました。


結局わたくしは、作品を提出しませんでした。わたくしが世渡り上手なお利口さんだったら、そそくさと作品を提出したでしょう。しかし、生徒の中には、そんな計算すら出来ないバカモノがいるとはその美術教師も思わなかったでしょう。彼女の目論見は見事に失敗したのです。


このことは「事実であったかも知れません」と述べましたが、実は事実でした。進路指導のとき、先生がわたくしに「普通なら大丈夫だけど、内申書に一科目だけ1がついてるから、なんとも言えない」と言われました。


しかし、結果として、わたくしは志望校に合格し、言うことを聞かない生徒の人生を破壊しようという美術教師の目論見はここでもうまくいきませんでした。


もし、美術教師の目論見通り、高校に合格できなかったとしても、何か別の人生があったでしょう。わたくしは卑劣な脅迫に屈しなかったのですから。


2023.02.26

オオスズメバチの話


オオスズメバチがミツバチの巣を襲撃することがあるそうです。なんでも10匹のオオスズメバチで一万匹のミツバチがいる巣を壊滅できるくらいオオスズメバチの戦闘力は強いそうです。


ですが、ニホンミツバチは長年のオオスズメバチとの攻防を経て、ついにオオスズメバチ撃退の方法を編み出したようです。


それは、ニホンミツバチの体温はオオスズメバチより高いので、たくさんのニホンミツバチがオオスズメバチの身体にへばり付くことでオオスズメバチを熱で殺してしまうというものです。


ただ、この撃退法は、ニホンミツバチにしかできなくて、セイヨウミツバチはできない(というか知らない)ため、セイヨウミツバチはオオスズメバチにやられっぱなしのようです。


この話を聴いて米国でオオスズメバチが外来種として、大量に増えているという話を思い出しました。

2023.02.20

漢詩の話の話

このブログにて時々漢詩の話を書いています。漢詩という分野は正直言って、あまり世間の関心のある話題ではありません。


最初の頃は、初心者でもわかるように注意しながら書いていました。が、今では、「わかる人にわかれば良い」というちょっと突き放したスタンスで書いています。


なので、これらの文章を理解できるのは、ごく一部分の人と言ってもいいでしょう。ただ、内容はできるだけ「どこかで聴いた話(道聴塗説)」ではなく、自分が感じた独自のものを書くようにしています。


こういうやり方の弱点は、あまりに狭い考えに陥って、反論に耐えないということが考えられます。ただ、「こういう見方もあったのか」と思っていただければ嬉しく思います。


この間、ツイッターで自分のフォロワーを見ていたら、お一人だけ漢詩関連っぽいのアカウントの方がいらっしゃるのを見つけました。


実は「どうせ誰も理解できないし」と思って書いていたのですが、わかっていただける方がいらしたのかなぁ。だとしたら、すごくうれしいです。

2023.02.15

高校時代の掃除の話


自分が高校生だったときの話です。二年生のクラスが今から考えると異常な状態でした。表面上は普通のクラスでしたが、明らかにおかしなことが起きていました。


おかしなことのひとつは掃除です。他のクラスと同じように放課後生徒が交代で教室を掃除することにはなっていましたが、実際に掃除をしていたのは、自分ともう一人の女子生徒だけでした。


授業が終わると形だけ机を後ろに集めて、掃除をするような形にして、何もせずに机を元に戻すと言った感じで、他の生徒は掃除をせずにしたフリだけしていました。


多分、こういうことには、首謀者がいたんだと思います。自分には見えませんでしたが、首謀者たちが、「こういうズルをしよう」みたいに立案して、他の生徒はただ周りを見て「みんながサボるからサボる」みたいな感じだったのだと思います。


自分はそういうのが嫌いな性分で、二年生のときだけはまじめに掃除していました。ちなみに三年生になると、通常のクラスになり、周りがまじめに掃除をするようになったので、今度は自分だけ掃除をまじめにやらなくなりました。


今から思い返すと、自分は若い頃はダメ人間で箸にも棒にもかからない男だったけど、こういうところだけは抑えてさんだなと思います。ただの天邪鬼だった可能性も否定できませんが、アイツらに与することなく、自分の道を貫けたのはよかったと思います。今はあの頃の自分の頭を撫でてやりたいです。


そして、あの頃のクラスメイトのみなさんへ。たぶんあれからも周りの様子を詳細に観察し、空気を読んでわたくしよりずっとうまく世渡りして、いい暮らしをされていることと存じますが、残念ながらあなた達はその程度の人間です。


自分は自分でよかったなあ、つくづく思います。




2023.02.07

動物が死んだときの話


最近、淀川付近にマッコウクジラが迷い込んで話題になりました。残念ながら、そのマッコウクジラは死んでしまったのですが、そのマッコウクジラを骨格標本にしたいとかいう話が握りつぶされたというか、採用されなかったという話を聞いて、標題の件を思い出しました。


この話のネタ元は「子ども科学電話相談」で、「動物園の動物が死んでしまったらどうなるのですか?」という質問でした。


例えば、動物園のゾウが死んでしまったら、各地の専門家が集まってくるそうです。そして、解剖して、死因を特定します。動物は痛いとか痒いとか人に伝えることができないので、解剖するまで死因がわからないことがあるそうです。


そして、動物の遺体は内臓なども標本化されるとのことで、「動物たちは生きている間も研究の助けになるけど、死んでからも研究の役に立ってくれる」とのことでした。


そして、今回のマッコウクジラですが、骨格標本を作るためには、ある程度の空き地が必要で、悪臭対策など、さまざまな特殊技術が必要だということです。


今回、ただのゴミとして海に捨ててしまったのはあまりにももったいないことだと思います。中を見てみないと何があるかわからないし、何もなくてもそう言った蓄積が科学を進歩させるのです。


まあ、今さら何を言っても遅いのですがね。


2023.01.30

観測史上最強寒波


来る前は「10年に一度」とか言われていましたが、知らん間に「観測史上最強寒波」となっていました。


その日は、カラオケの予約を入れていました。妻がドタキャンしたので、お一人様になってしまいましたが、楽しく歌って、飲んでいい気分でお店を出ましたらこの有り様でした。


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翌日、日も高くなってから、健康自転車活動を行いました。ところどころがアイスバーン状態になっておりましたが、肩の力を抜いて心静めて切り抜けました。なんだか昔自動二輪の免許を取った時の「一本橋」を思い出しました。


そんな「観測史上最強寒波」下での生活でした。

2023.01.25

抜と超

この間、妻と駅伝で中学生が十数人をごぼう抜きにした話をしました。最初、「駅伝」という概念が中国語になく、「駅伝というか接力賽というか」みたいな感じで言ったのですが、その辺は日本歴8年を超える妻には問題なく伝わりました。

その後、中学生が十数人を抜いたという話をするときに「抜了十幾個人」と言いました。それは、中国語では間違いであることは知っていましたが、日本滞在経験の長い妻なら通じるかなと思って手抜きをしたわけです。

ですが、やはり通じませんでした。そこで、ちょっと考えると車の追い越しを「超車」ということを思い出して、「超了十幾個人」と言い換えて、今度は通じました。

それだけの話なのですが、言いたいことは、外国語を話すとき、通じなくても慌てずに何かその思いを表現する方法があることを信じて、頑張ればなんとかなるということです。その方法は、あなたが今まで勉強してきた中にきっとあるはずです。

結局普段の勉強が身を助けるのです。

2023.01.18

高校の英語について

わたくしが高校生だったころ、英語教師から「英語は後ろから訳せ」と言われたことがありました。当時はわたくしもまだ子供だったので、その言葉に疑問を感じなかったのですが、今から考えるとあれはとんでもないことだったと思います。

もし、それを真に受けた学生に「後から訳す」などということが習慣づけられたとしたら、その学生は英語を意思疎通の道具として使うことはできなくなるでしょう。なぜなら、英語は全て頭から読むように作られており、ネイティブも、いや、ある一定以上の力のある英語学習者も、みんな頭から読んでいるからです。逆に言うと、くだんの英語教師はその「一定以上の力」すらなかった可能性が非常に高いと言えるでしょう。

思えば、その程度の人間に偉そうにされ、毎日バカにされていたのかと思うと、自分が子供だったとはいえ、本当に許しがたいことだったと思います。

「英語は頭から読め」「英語は英語として聴いて読んで、英語として理解して、英語として書いて話せ」というごく当たり前のことを教えてくれた教師は一人たりともいません。ちなみに、外国語学習において、上記のような習慣を身につけることができなかった学生は致命的な遠回りをさせられることになるでしょう。そして、現実として、わたくしたちは致命的な遠回りをさせられました。あの悪い習慣のおかげもあって、中学から数えて6年間も学習して、英語を意思疎通の道具として使えない学生ばかりでした。6年間も時間をかけて、わたくしたちは、「英語でない何か」を勉強させられていたのです。

そして、その「英語でない何か」を習得できたものだけが社会的に成功できると多くの人が信じていました。事実、今の社会を支配しているのは、その「英語でない何か」を習得した連中なのでしょう。

幸いなことにわたくしはその「英語でない何か」に自分をはめ込むことをしませんでした。おかげでその後中国語に出会ったとき、「後から訳す」などという変なことはせずに頭から読むようにして、できるだけネイティブに近いスピードのヒアリング教材を求めました。そして、学習歴四年でHSK8級(当時)を取りました。その後、中国に渡り、日系企業で通訳、翻訳などをこなしました。

もし、わたくしがあの英語まがいのニセモノを偉そうにおしつけてきた教師もどきたちの忠実な学生たりえたら、外国語の習得など、夢にもありえないことだったでしょう。わたくしにとって、幸いだったのは、あの教師もどきたち(特に高校)に人間的魅力などかけらもなく、尊敬させるものも全くなく、英語まがいのニセモノに少しも染まらなかったことです。

2023.01.04

成長のある人生について

人間にとって最も不幸なことは成長がなくなることだと思います。逆に幸せなことは成長があることです。他人と比べるのではなく、以前の自分と比べて成長を感じることが幸せなことです。

前の会社にいた時、上司が「50歳を過ぎてまで勉強したくない」と言っていました。その時わたくしはまだ40代でしたのでピンと来なかったのですが、今、ほぼ60に近い年齢で、わたくしはまだまだ勉強して、ギラギラしております。

お金はありませんが、夢があります。今日はダメでも明日は今日より成長します。こんな幸せなことはありません。

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