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2022.06.24

ストレッチと瞑想

約1年ほど前のことでしょうか、自分の身体が固くなってきたことを実感しました。毎日、下半身のストレッチをやっていたので、その辺の感覚はあります。

そこで、1日にやるストレッチの回数を増やすことにしました。狙いは前より柔らかくすること。これも一種のアンチエイジングなのですが、前と一緒じゃあつまらないので、前よりも柔らかくすることを目標にしました。

目標は、1日1回だったストレッチの回数を3回に増やすことだったのですが、3回目(就寝前)がしんどくてなかなかできません。自分では「これくらいはできるだろう」と思っていたことが、やってみるとできないということは往々にしてあることなのですが、要は「読みが甘い」ということで、この歳になってもまだまだ自分理解が足りないということなのですね。

今のところは1日2回のストレッチですが、休みの日は1回になったり、0回になったりで、なかなか前に進めません。この回数を増やしていきたいです。ただ無理をすると続かなかったり、反動が来たりするので、そこら辺は注意しつつ、うまくやっていきたいです。

あと、瞑想ですが、最近「なんちゃって結跏趺坐」ができるようになって、いろいろ試した結果、ストレッチ後に「なんちゃって結跏趺坐」をすると長持ちすることがわかりましたので、ストレッチ後に「なんちゃって結跏趺坐」をしながら瞑想することにしております。つまり、今は1日2回瞑想をしています。

以上、近況報告でした。

2022.06.15

馮諼市義

彼の国で働いていたころ、上司のアドバイスもあって、年に一回、自分の部下たちを集めて、食事会をしていました。全員を集めると50人くらいになってしまうので、各部門ごとに何回かに分けて行っていました。

そのうちである部門は2人しか部下がいなくて、最初は他の多人数の部門と一緒に食事会をしていました。が、その部門はISOの仕事を仕切っていたので、各事業部門のISO担当者とも縁が深く、ある年から、各事業部門のISO担当者も集めて、一緒に食事会をすることにしました。

そして、ある日のこと、腰を悪くして、入院することになってしまいました。これは、彼の国での2回目の入院で、このときは、会社から離れた病院に入院したので、見舞いに来てくれる人も少なかったです。

しかし、ある日のこと、各事業部門のISO担当者と部下2人が見舞いに来てくれたのです。あのときはうれしかったです。そんな気持ちで食事会をしていたわけではなかったし、とても意外でした。その時、脳裏に浮かんだのは、標題の言葉。自らを孟嘗君に擬すとは、多少穿ちすぎの嫌いはありますが、そういうことってあるんだなぁと思いました。

2022.06.06

お徳もち

なんか大金を誤送金されて、結果、詐欺罪で逮捕された若者が話題になっています。

こういうのをさっと返すことが「カッコいい」とされる世の中であってほしいと思います。

そういう「カッコ良さ」というのは、パッと見ただけではわかりませんので、気軽なカッコ良さを求めるみなさまにはウケが悪いです。さらに世の中の大多数の人は眼力のない人ですので、そういう「カッコ良さ」が普及するにはまだまだ時間がかかりそうです。

漢字一文字で表すなら「徳」ということでしょうか。自分は、「お徳もち」になりたいです。それも「見せる徳」じゃなくて、「ホンモノの徳」。

もちろん、お金持ちにもなりますけどね。

2022.05.30

『雑詩』ふたたび

かつて王維の『雑詩』について書いたことがありました。



それから、この詩について考えるに、いろいろ分からないことが出てきました。

自分にはまだこの詩について語る資格はないようです。

じゃあ、いつ語る資格がある状態になるかというと、今の自分の漢詩学習法では永遠に来ない気がします。

漢詩は奥が深い。まぁ、ぼちぼちやっていきます。

2022.05.23

ちうごくオワコン?

自分たち家族が中国から日本に移動したのは2014年のことでした。その後も彼の国(以下「上国」と呼称)は変化を続けています。キャッシュレス決済が発達したり、言論統制が進んだり、少数民族への弾圧がさらにバレてきたり、、、いろいろありますが、大きいのは最近のゼロコロナ政策です。

結論から言うと、自分たちが上国を離れたのは正解でした。あのまま深圳にいて、ロックダウンに巻き込まれていれば、どんなひどい目に遭わされていたかわかりません。漏れ伝え聞く情報からして、オワコンです。

上国は自分が仕事をしていたところであり、その間、上国政府の皆様には多大なるご援助をいただいた記憶があります。(元)弊社は上国の外資誘致政策にうまく乗っていい商売をして来た会社と言えるでしょう。個人的にもいろんないい人を知っています。(悪い人もたくさんいましたが)

だからこんなことは言いたくないのですが、もうオワコンでしょう。独裁政権には必要悪という側面もありましたが、ここまで民衆を苦しめるようなことをやってしまったらその言い訳も成り立ちません。

これが終身総書記を実現するために行われているとしたら、皇帝になろうとして晩節を汚した第二代中華民国大総統を彷彿とさせます。

2022.05.14

中国語梁山泊(その3)

http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2021/08/post-f429d0.html

さて、我々五班の残党は結局留学生の教室を放り出され、本科生の授業を聴講するという羽目になってしまいました。そこで、本科生たちがどういうレベルの勉強をしていて、どういう態度で臨んでいるのかもわかりました。例の三国志の話で一席ぶったのもこの頃の話です。http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2012/10/post-d903.html

その聴講生生活も長くは続かず、その学期の終わる前にまた五班が再結成され、我々は元の語学留学生に戻りました。

それからです。中国語のバケモノみたいな兵が、次から次へと集まってきたのです。バケモノたちは、途中から始まった学期と次の学期にかけて、少しずつ集まってきました。

ベルギーの市役所で通訳をやっていたという元プロの女性とか、残留孤児の家族で中学生まで中国で育ち、日本に来た帰国子女とか、とにかく、どうやったらこんなすごい面子を集められるんだというくらい壮壮たる中国語好漢たちが集まってきました。

自分が留学していた大学は、どちらかというと、理系の教育に力を入れていて、中文系の先生が「ウチの図書館には『三国演義』すらない」と嘆いておられたくらいです。だから、語学留学生の教育など多分金儲けの一環くらいにしか考えてなかったと思います。事実自分が来た頃の留学生のレベルはそれほど高くなく、いきなり1番上のクラスに入れられて拍子抜けしたくらいです。

それなのに急にバケモノたち(以下「好漢」と略称)が集まってきたのです。しかも、それ以降は好漢レベルの学生はやってこなかったみたいです。自分の中国語に対する情熱が彼らを呼び寄せたのか、好漢たちの情熱が自分を呼び寄せたのかはわかりません。しかし、そういう不思議なことというものは起こりうるのです。例えが適切であるかどうかはわかりませんが、藤子不二雄が同じ高校に通っていたり、二代目若乃花と隆の里が同じ村から二子山部屋に入門したりと、そういう好漢級の人たちというのはなぜか集まってくるものなのです。

取り止めのない文章になってしまいましたが、あの中国語梁山泊にいた日々、自分は輝いていたし、あのメンバーの一員であったことは、自分の人生の宝だし、誇りであります。

2022.04.25

ワクチン3回目

4月16日にワクチンの3回目接種をしました。

今回の接種はいろんな意味できつかったです。

まず、日程的にきつかったです。自分の3回目と子どもたちの2回目が被ってしまい、大久保から西明石まで大返しをする羽目になってしまいました。

あと、副反応です。今回は2日間に渡って発熱しました。最高39.5℃ということで、かなりきつかったです。

自分は一応基礎疾患があるので、4回目も対象となりそうですが、そのときになったらまた考えます。

2022.04.22

親はなくとも子は育つ

標題に使ったことわざですが、自分はずっと「そんなことあるかえ」(こだまひびき風に)と思っていました。

また、あるときに不登校に関する本を読んでいて、「学校に行かなくても子どもは成長します」と書いてあり、その部分に対しても上記ツッコミが自然と脳裏に浮かんだものです。学校に行かなくても成長するなんて、そりゃ身体は大きくなるでしょうが、その程度のことだろうと思っていました。

ところが、です。親はなくとも子は育つのです。ウチの不登校の息子ですが、ここ数年、意識の変化を感じるようになりました。そして、昨年、ウチの不登校の息子が「もくせい教室に行く」と言い出したのです。もくせい教室とは、明石市が運営する不登校児用の自習教室です。

最初は週に一回から、二回に増やして、今は三回に増やそうというところに来ています。


当然、他の子と比べたら、遅い出発、遅い進歩なんでしょうが、比べることはやめてますので、http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2021/03/post-f3ccfa.html、どうでもいいです。学校にいる間は同世代間の順位が問われますが、長い人生で見れば、早熟か晩成かとか、いろいろな要素もあり、自分にとってはどうでもいいことです。

とにかく、息子は彼らしく生きて欲しいです。それだけです。

2022.04.11

『兵車行』について

最近、戦争のことなどもあり、杜甫の『兵車行』について考えてみました。


この詩は反戦詩です。反戦詩にもいろいろあって、現場の戦場の悲惨さを伝えるものもあります。しかし、この詩には悲惨な戦場の場面は出てきません。杜甫自身に従軍経験がないこともあり、悲惨さは主に杜甫自身が目撃した兵士を送り出す側の場面を描写することで表現されています。それでも充分貧しい人たちの塗炭の苦しみが伝わってきます。

そして面白いのが、最後のクライマックスです。「君不見」からはじまるこの部分ですが、よく考えてみると、杜甫自身も青海には行ったことがなく、見たこともない筈です。つまり、この部分は完全な「心象スケッチ」です。(幽霊が文句言ったり、泣いたりするところを見ること自体がアレなんですが)それを「君不見」と言っちゃうあたり、まぁこれは漢詩の慣用表現みたいなものというか、合いの手みたいなものなのですが、「誰も見たことないわ」とツッコミをいれたくなるのは自分だけでしょうか。

2022.04.04

漢詩で風刺

風刺という表現方法があります。

ただ、そういうのって、見ていてちょっと品がないというか、作者の品性を問われそうな内容であると思ってしまうこともあります。「人を笑わば穴ふたつ」なんで、正直こういう表現方法に賛同しがたい部分があることも否めません。

漢詩の中にも、風刺した作品があります。特に七言詩で作られた風刺の詩は、七言詩の醸し出す優雅さと相まって、とても美しく感じられます。これ、馬鹿にしているんじゃなく、褒めてるんじゃないかと思うこともあります。律詩書かせたら、ワケのわからないのしか作れない李商隠さんの絶句なんどを読ませていただいて、そう感じます。

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