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2022.05.14

中国語梁山泊(その3)

http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2021/08/post-f429d0.html

さて、我々五班の残党は結局留学生の教室を放り出され、本科生の授業を聴講するという羽目になってしまいました。そこで、本科生たちがどういうレベルの勉強をしていて、どういう態度で臨んでいるのかもわかりました。例の三国志の話で一席ぶったのもこの頃の話です。http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2012/10/post-d903.html

その聴講生生活も長くは続かず、その学期の終わる前にまた五班が再結成され、我々は元の語学留学生に戻りました。

それからです。中国語のバケモノみたいな兵が、次から次へと集まってきたのです。バケモノたちは、途中から始まった学期と次の学期にかけて、少しずつ集まってきました。

ベルギーの市役所で通訳をやっていたという元プロの女性とか、残留孤児の家族で中学生まで中国で育ち、日本に来た帰国子女とか、とにかく、どうやったらこんなすごい面子を集められるんだというくらい壮壮たる中国語好漢たちが集まってきました。

自分が留学していた大学は、どちらかというと、理系の教育に力を入れていて、中文系の先生が「ウチの図書館には『三国演義』すらない」と嘆いておられたくらいです。だから、語学留学生の教育など多分金儲けの一環くらいにしか考えてなかったと思います。事実自分が来た頃の留学生のレベルはそれほど高くなく、いきなり1番上のクラスに入れられて拍子抜けしたくらいです。

それなのに急にバケモノたち(以下「好漢」と略称)が集まってきたのです。しかも、それ以降は好漢レベルの学生はやってこなかったみたいです。自分の中国語に対する情熱が彼らを呼び寄せたのか、好漢たちの情熱が自分を呼び寄せたのかはわかりません。しかし、そういう不思議なことというものは起こりうるのです。例えが適切であるかどうかはわかりませんが、藤子不二雄が同じ高校に通っていたり、二代目若乃花と隆の里が同じ村から二子山部屋に入門したりと、そういう好漢級の人たちというのはなぜか集まってくるものなのです。

取り止めのない文章になってしまいましたが、あの中国語梁山泊にいた日々、自分は輝いていたし、あのメンバーの一員であったことは、自分の人生の宝だし、誇りであります。

2022.04.25

ワクチン3回目

4月16日にワクチンの3回目接種をしました。

今回の接種はいろんな意味できつかったです。

まず、日程的にきつかったです。自分の3回目と子どもたちの2回目が被ってしまい、大久保から西明石まで大返しをする羽目になってしまいました。

あと、副反応です。今回は2日間に渡って発熱しました。最高39.5℃ということで、かなりきつかったです。

自分は一応基礎疾患があるので、4回目も対象となりそうですが、そのときになったらまた考えます。

2022.04.22

親はなくとも子は育つ

標題に使ったことわざですが、自分はずっと「そんなことあるかえ」(こだまひびき風に)と思っていました。

また、あるときに不登校に関する本を読んでいて、「学校に行かなくても子どもは成長します」と書いてあり、その部分に対しても上記ツッコミが自然と脳裏に浮かんだものです。学校に行かなくても成長するなんて、そりゃ身体は大きくなるでしょうが、その程度のことだろうと思っていました。

ところが、です。親はなくとも子は育つのです。ウチの不登校の息子ですが、ここ数年、意識の変化を感じるようになりました。そして、昨年、ウチの不登校の息子が「もくせい教室に行く」と言い出したのです。もくせい教室とは、明石市が運営する不登校児用の自習教室です。

最初は週に一回から、二回に増やして、今は三回に増やそうというところに来ています。


当然、他の子と比べたら、遅い出発、遅い進歩なんでしょうが、比べることはやめてますので、http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2021/03/post-f3ccfa.html、どうでもいいです。学校にいる間は同世代間の順位が問われますが、長い人生で見れば、早熟か晩成かとか、いろいろな要素もあり、自分にとってはどうでもいいことです。

とにかく、息子は彼らしく生きて欲しいです。それだけです。

2022.04.11

『兵車行』について

最近、戦争のことなどもあり、杜甫の『兵車行』について考えてみました。


この詩は反戦詩です。反戦詩にもいろいろあって、現場の戦場の悲惨さを伝えるものもあります。しかし、この詩には悲惨な戦場の場面は出てきません。杜甫自身に従軍経験がないこともあり、悲惨さは主に杜甫自身が目撃した兵士を送り出す側の場面を描写することで表現されています。それでも充分貧しい人たちの塗炭の苦しみが伝わってきます。

そして面白いのが、最後のクライマックスです。「君不見」からはじまるこの部分ですが、よく考えてみると、杜甫自身も青海には行ったことがなく、見たこともない筈です。つまり、この部分は完全な「心象スケッチ」です。(幽霊が文句言ったり、泣いたりするところを見ること自体がアレなんですが)それを「君不見」と言っちゃうあたり、まぁこれは漢詩の慣用表現みたいなものというか、合いの手みたいなものなのですが、「誰も見たことないわ」とツッコミをいれたくなるのは自分だけでしょうか。

2022.04.04

漢詩で風刺

風刺という表現方法があります。

ただ、そういうのって、見ていてちょっと品がないというか、作者の品性を問われそうな内容であると思ってしまうこともあります。「人を笑わば穴ふたつ」なんで、正直こういう表現方法に賛同しがたい部分があることも否めません。

漢詩の中にも、風刺した作品があります。特に七言詩で作られた風刺の詩は、七言詩の醸し出す優雅さと相まって、とても美しく感じられます。これ、馬鹿にしているんじゃなく、褒めてるんじゃないかと思うこともあります。律詩書かせたら、ワケのわからないのしか作れない李商隠さんの絶句なんどを読ませていただいて、そう感じます。

2022.03.25

起床時間を前倒し

司法書士試験は毎年7月の第一日曜日に実施されます。ちょっと早いかも知れませんが、自分の中では「直前期モード」に入っているつもりです。その割には、ペースがゆっくりですが。

そういうこともあり、起床時間を今までの6時から5時に早めることといたしました。その分学習に充てるつもりです。一時間早く起きたら、一時間学習時間が増えるかと思いきや、そういうわけにはいきませんね。

とにかく、一歩一歩進んでいきます。

2022.03.18

床の補修工事をしました。

我が家はコロナ禍で特に打撃を受けたわけではありませんが、政府よりいろんな名目でお金をいただけることになりました。そこで、懸案だったキッチンの床工事をすることにしました。

これが結構大変でして、まず床の上にあるものを片づけなければなりません。これに2、3日の時間を要し、庭がゴミだらけになってしまいました。

それでも、なんとか工事予定に間に合い、2月28日に床工事を終えました。政府からいただいたいろんな名目のお金を若干超えてしまいましたが、綺麗になりました。

今回のことで思ったのは、今までのツケを払わされたということです。今まで整理整頓をおろそかしてきたので、父親の遺品から何から大量に処分せざるを得ない事態になってしまいました。あと、持ち家を持つということは大変なことだということです。

実はまだまだいろんな問題が解決していないのですが、とりあえず資金不足のため、手をつけることができません。資金調達からはじめなければならないのですが、一歩一歩前に進みたいと思います。

2022.03.07

自信について

自信は、成功の拡大再生産の基本です。自信があると、自然とまわりはじめます。

しかし、自信というものには、いろいろと種類があって、それぞれ効用が違うような気がします。自分が一番重視するのは、自分自身でつかんだ自信です。それも、誰かに言われてやらされた成功体験ではなく、自分の意志でつかんだ成功体験です。これがある人とない人では全然違う。ない人はかわいそうだなと思います。

とにかく、「これをやりたい!」と思うことを力一杯やることです。それに出会えた人は幸せです。

2022.03.02

人を笑わば穴ふたつ

今回は他人を嘲笑することについて書きます。

自分が子供に中国語を教えていたころ、「他人の失敗を笑ってはいけない」と口酸っぱく諭していました。それでも、どちらかが間違うともう片一方がゲラゲラ笑い出すのですが、それでも諦めずに諭し続けたものです。余談になりますが、こういうのは、根比べです。とにかく、「笑うな」と言い続ける。それが何回でも、何年でも言い続ける。そうするといつか子供は笑わなくなります。大人と子供の根比べですから、負けるはずがありません。と言いつつ、この根比べは、自分が負けました。自分が中国語を教えていた期間が短かったこともありますが。

あだしことはさておきつ、嘲笑することについてです。なぜダメなのかと言いますと、語学学習に於いて、最も重要なことは、「失敗を恐れないこと」だからです。他人を嘲笑する人は、他人から嘲笑されることを恐れるようになります。つまり、「失敗を恐れる」最悪の状態になってしまいます。これは、「失敗を恐れるから、失敗する」→「失敗するから自信をなくす」→「自信をなくすから、さらに失敗を恐れる」という最悪の縮小再生産の輪にはまり込むことを意味します。

つまり、他人を嘲笑するということは自分に返ってくるのです。

2022.02.26

アカギレ再び

今回の冬にまたアカギレになってしまいました。

多分加齢によるものと手洗い回数の増加が原因と思われます。

今回のアカギレは、同僚のアドバイスを聞くことで改善しました。

それは、ハンドクリームをつけること。1日に2、3回なんですが、つけることで随分マシになりました。

簡単な話ですが、人のアドバイスに耳を傾けることも大事ですね。

«但の意味