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2025.07.11

廬山煙雨


試験の前日、記述式で間違ったことなど、軽く振り返っていたのですが、そんな時Youtubeで標題の詩を知りました。


この詩はわたくしの尊敬する蘇東坡先生が死の直前にご長男に託された詩です。実は、蘇東坡先生を尊敬するとか言っておきながら、この詩の存在を今まで存じ上げず、この試験の直前に初めて知った次第であります。


これは、わたくしの不勉強であり、また、ご縁だとも言えるでしよう。この詩の内容は、とても深く、日本では禅の世界でも使われているくらい奥深い意味を持つ詩です。面倒なのでここで詩の内容については触れません。一言でいうと、芥川龍之介の短編小説のテーマみたいな詩です。


廬山煙雨浙江潮。わたくしにとっては、司法書士試験合格とは、まさにこの詩の一句目です。しかし、合格してしまえば、結句の廬山煙雨浙江潮になるでしょう。


今年、大きなミスをしていますので、来年も受けることとなるでしょうが、わたくしにとっては司法書士試験合格とは、廬山煙雨浙江潮なのです。

2025.07.08

令和7年度司法書士試験


7月6日に標題の試験を受けて来ました。


結論から言うと、今年もダメかなって感じです。ダメかなって思う理由は、不動産登記の記述で枠ずれという普通ではやらないような大ミスをやらかしてしまったからです。


ただ、他の教科が今までになかったくらい出来が良く、枠ずれで基準点を下回らなければ「ワンチャンある」かなという気もします。


いずれにしても今日から、7月8月は休んで、9月から勉強を始めます。10月に結果発表があるのでそれを見てその後の対応を決めます。

2025.07.03

1番前に座るのが好きと記述式の話



今回も模試の話の続きのようなものです。


ちなみに三回目、つまり最後の模試も終わりました。まだ、結果を見ていませんが、そこまで気にしていないということです。稼ぎたい午前の部で読み間違いで落としたのが一問と記述式がボロボロだったことが収穫です。ボロボロだったことは、本番への戒めになるし、今は記述式対策を徹底してやることにしています。


さて、模試などでは座席は指定されておらず、自由席になっています。そういう時、わたくしは一番前に座るのが好きです。


理由は目が悪いので、前にいた方が試験官さんの説明がわかりやすいし、あまり人が来たがらないので相席になりにくいからです。


と書いて来てあまりにもくだらない内容なので、ここで追加的に自分の記述式について書きます。


実はわたくしは記述式が得意だと思ってました。本試験でも2年連続基準点を超えているわけですから、普通の人から見たらすごいとなるレベルだと思います。だからこそ、今まで本試験前に特別な記述式対策をしてこなかったわけです。


しかし、合格者レベルで見ると、基準点は超えても上積点は取れていないという点でわたくしの記述レベルは、普通ということになります。例えていうと、プロスポーツ選手で「足が遅い」と言われている選手が運動会の父兄参加リレーに出たら無茶苦茶速いみたいな話です。


つまり、過去2年間のわたくしの記述式は、普通の人レベルでは「得意」なんだけど、合格者レベルでは「イマイチ」だったわけですね。


これを合格者レベルの「得意」に持っていけるかどうかはわかりません。少しでも合格に近づけるよう頑張ります。

2025.06.24

2025年TAC司法書士試験第一回全国模擬試験と第二回



5月25日に表題の模試を受けて来ました。第一回と言いながら、その前にチェック模試があったので、実質2回目の模試になります。


今回の模試は、前回の反省を踏まえて臨みました。前回の反省とは、問題文をよく読まず、勘違いして知っている知識でも間違ってしまうというミスが多かったというものです。それを防ぐためにまずは「よく読む」ということを徹底することです。


それが功を奏したのか、午前の部は、29問取れました。誤読による間違いは一問だけでした。


しかし、その反動か午後の部が乱れ、択一式の26問目から7問連続不正解という惨状を呈し、結局24問しか取れず、記述式の時間も間に合わなかったということになってしまいました。


まず、午後の部で択一が乱れた件について、後で調べたのですが、誤読で落としたと思われるのが2、3問程度で問題の難易度が急に上がったためと思われます。午前の部で頑張りすぎて疲労が溜まったとも言えるでしょうが、本試験が近づくにつれて、模試の難易度を上げるという予備校の戦略にハマったとも言えるでしょう。


と書いている今の時点でもう2回目の模試を受けて来ました。点数は、午前の部がほぼ一緒で、午後の部は21という「昔懐かしい」点数でした。やはり、難易度上げて来てまずね。正直今は模試の点数はどうでもいいと思っています。


ただ、そこから見える自分の戦略があり、それが重要なのです。それは、わたくしが合格する道であり、具体的にいうと「午前の部択一と記述式で点を稼ぎ、午後の部択一は、基準点越えを目指す」というものです。


これが見えてきたので、今はこれを如何に実現するかを考えています。具体的には、記述式対策をすることです。実は過去の本試験では直前に特別な記述式対策をしていませんでした。自分では「模試の四回だけでいいだろう」と軽く見ていましたが、これからはある程度の量を解いて記述式に慣れていくようにしたいです。これで本試験での記述式の点数に上積みができるという確信が持てます。偏りがないよう、択一式の準備もしていきます。特に午後の部の不登法と商登法に力を入れていきます。あとは、模試などで判明した弱点を潰すことですね。


とにかく、やることは多いですが、やれる範囲でやっていくしかありません。


2025.05.31

五右衛門風呂の思い出



わたくしの父親は大分県の出身ですが、貧乏だったのと性格がケチだったので、田舎に帰るということをほとんどしませんでした。わたくしの覚えている限り、わたくしの祖父母が逝去した時くらいです。そして、それ以外に一回あった帰郷の機会がわたくしが小学生三年生か四年生の時のことです。


その時のことは、わたくしにとっては、まさにカルチャーショックとも言うべき体験で、もともとあまり都会とは言えない場所に住んでいましたが、「これぞ本当の田舎」というものを味わうことができた実に貴重な体験でした。


その中でももっとも印象に残っているのが、五右衛門風呂でした。風呂桶が大きな岩をくり抜いたような形状になっており、底から薪に火をつけお湯を沸かすというとても原始的なお風呂です。その特性上、どうしても底が熱くなってしまうので、板の上に乗って足が直接底に触れないようにしなければなりません。子供だったわたくしは、それが怖くてお風呂をあまり楽しめなかったように憶えています。


以上が、五右衛門風呂の思い出です。それ以外にも、父親の田舎ではさまざまなカルチャーショックを受けました。今から思えば、あれこそまさしく「天離る鄙」でした。


また、思い出せば書いていきたいと思います。


2025.05.17

人間関係リセットの話



人間関係リセットという言葉を時々聞きます。正確にどういう意味かはわからないのですが、なんだか自分にも当てはまる言葉のようにも思えるし、そうでもないように思えます。


わたくしは、今までの人生の中で、いろんなところを転々としてきました。その度にいろんな人と出会い、別れてきました。その中には、すごく世話になった人やすごく気の合う友達などもたくさんいました。しかし、次の場所に行くと、それらの人々と連絡を取るでもなく、リセットしてしまいます。年賀状も出さない主義なので、人との繋がりがどんどんなくなっていきます。


今のところ、それで何か不都合があるわけではないのですが、我ながら不義理というか、ひどい人間だと思います。


なぜ、そうなってしまうのかというと、自分でもよくわからないというのが本音です。わたくしには、対人恐怖症的一面があり、疎遠になった人と会うのが億劫になると言うのが主な理由かも知れません。


ただ、何かのことで会えばそれはそれで普通に話せると思うので、その程度の話だと思います。


以上がわたくしの人間関係にまつわる話です。正直冷たい人間だなぁと思いますが、別に弊害もなく今まで来ていますし、特に改めようとも思いません。

2025.05.14

実は鳥だった



冬の間に花を咲かせる植物の話です。以前から、こういう植物は、虫のいない季節に花を咲かせてどうやって受粉しているのかが疑問でした。その疑問がこの度解消いたしましたので、備忘録として残しておきます。


椿、サザンカ、梅などは、虫ではなく、鳥が花粉を運びます。以上。

2025.05.13

バッタの目は5つある



バッタやカマキリの目は5つあります。


そのうちの2つは大きくて複眼です。


3つは小さくて単眼です。


主に複眼でものを見て、単眼は明るさなどを感知するようです。

昭和歌謡曲の定番ネタの話



昭和の歌謡曲を聴いていると、ときどき「好きな人と別れて、親の薦めた別の人と結婚する」といった内容の歌に出会います。


今思い浮かぶのは、『あずさ2号』ですね。あと、『22歳の別れ』なんかもそんな感じがします。


わたくしは、昭和生まれですが、これらの歌謡曲はわたくしが子供だったころにヒットしたものであり、どうもこういう状況についての実感がありません。具体的に言えば、こういう状況になった女性と言う具体例を知りませんし、聞いたこともありません。


「好きでもない人と結婚させられる」なんてことが戦前ならともかく、戦後にもあったのかどうか、上流階級の方だとあったのかもしれませんが、わたくしは生来の貧乏人ですので全く実感がありません。しかも、歌の中ではそれは当たり前の現象であり、本人も受け入れているといった感じです。普通に考えると江戸時代じゃあるまいし、好きでもない人と結婚させられるなんて非人道的なことが罷り通っていたなんて、あまり考えにくいのですが、歌に出てくる女性たちはそれを当たり前のこととして受け入れているのです。


歌がヒットすると言うことは、当時の人々の共感を得なければなりませんので、当時はそういう状況に共感を感じる人たちがいたということで、これは、今であればまず考えられない話です。


この話も結論がないのですが、昭和の時代にそういう事象が散見されたのでしょうかね。よくわかりません。


2025.05.01

なぜクスリをやるのかという話


わたくしはビートルズが好きです。しかし、好きなのは初期のビートルズで、後期のビートルズはなんか好きになれません。好きになれない理由はたくさんありますが、そのうちの一つがクスリです。なんかいっちゃってる感じの曲は聴いてて不快だし、時間の無駄でしかありません。


ビートルズといえば史上最も成功したバンドであり、富も名声もほしいままにした人たちです。なのになぜクスリをやってしまうのか、わたくしにはわかりません。クスリさえやらなければ、楽しい人生が約束されているのになぜ自分から地獄の道を選んでしまうのか、全くわかりません。


他にも似たような人はたくさんいます。自分がそういう立場になればわかるのかもしれませんが、それはまずあり得ないことです。ただ、実にもったいないことだと思います。

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