My Photo
January 2023
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Recent Trackbacks

無料ブログはココログ

2023.01.30

観測史上最強寒波


来る前は「10年に一度」とか言われていましたが、知らん間に「観測史上最強寒波」となっていました。


その日は、カラオケの予約を入れていました。妻がドタキャンしたので、お一人様になってしまいましたが、楽しく歌って、飲んでいい気分でお店を出ましたらこの有り様でした。


82e7e946633c485ba1c67eb115e136b9


翌日、日も高くなってから、健康自転車活動を行いました。ところどころがアイスバーン状態になっておりましたが、肩の力を抜いて心静めて切り抜けました。なんだか昔自動二輪の免許を取った時の「一本橋」を思い出しました。


そんな「観測史上最強寒波」下での生活でした。

2023.01.25

抜と超

この間、妻と駅伝で中学生が十数人をごぼう抜きにした話をしました。最初、「駅伝」という概念が中国語になく、「駅伝というか接力賽というか」みたいな感じで言ったのですが、その辺は日本歴8年を超える妻には問題なく伝わりました。

その後、中学生が十数人を抜いたという話をするときに「抜了十幾個人」と言いました。それは、中国語では間違いであることは知っていましたが、日本滞在経験の長い妻なら通じるかなと思って手抜きをしたわけです。

ですが、やはり通じませんでした。そこで、ちょっと考えると車の追い越しを「超車」ということを思い出して、「超了十幾個人」と言い換えて、今度は通じました。

それだけの話なのですが、言いたいことは、外国語を話すとき、通じなくても慌てずに何かその思いを表現する方法があることを信じて、頑張ればなんとかなるということです。その方法は、あなたが今まで勉強してきた中にきっとあるはずです。

結局普段の勉強が身を助けるのです。

2023.01.18

高校の英語について

わたくしが高校生だったころ、英語教師から「英語は後ろから訳せ」と言われたことがありました。当時はわたくしもまだ子供だったので、その言葉に疑問を感じなかったのですが、今から考えるとあれはとんでもないことだったと思います。

もし、それを真に受けた学生に「後から訳す」などということが習慣づけられたとしたら、その学生は英語を意思疎通の道具として使うことはできなくなるでしょう。なぜなら、英語は全て頭から読むように作られており、ネイティブも、いや、ある一定以上の力のある英語学習者も、みんな頭から読んでいるからです。逆に言うと、くだんの英語教師はその「一定以上の力」すらなかった可能性が非常に高いと言えるでしょう。

思えば、その程度の人間に偉そうにされ、毎日バカにされていたのかと思うと、自分が子供だったとはいえ、本当に許しがたいことだったと思います。

「英語は頭から読め」「英語は英語として聴いて読んで、英語として理解して、英語として書いて話せ」というごく当たり前のことを教えてくれた教師は一人たりともいません。ちなみに、外国語学習において、上記のような習慣を身につけることができなかった学生は致命的な遠回りをさせられることになるでしょう。そして、現実として、わたくしたちは致命的な遠回りをさせられました。あの悪い習慣のおかげもあって、中学から数えて6年間も学習して、英語を意思疎通の道具として使えない学生ばかりでした。6年間も時間をかけて、わたくしたちは、「英語でない何か」を勉強させられていたのです。

そして、その「英語でない何か」を習得できたものだけが社会的に成功できると多くの人が信じていました。事実、今の社会を支配しているのは、その「英語でない何か」を習得した連中なのでしょう。

幸いなことにわたくしはその「英語でない何か」に自分をはめ込むことをしませんでした。おかげでその後中国語に出会ったとき、「後から訳す」などという変なことはせずに頭から読むようにして、できるだけネイティブに近いスピードのヒアリング教材を求めました。そして、学習歴四年でHSK8級(当時)を取りました。その後、中国に渡り、日系企業で通訳、翻訳などをこなしました。

もし、わたくしがあの英語まがいのニセモノを偉そうにおしつけてきた教師もどきたちの忠実な学生たりえたら、外国語の習得など、夢にもありえないことだったでしょう。わたくしにとって、幸いだったのは、あの教師もどきたち(特に高校)に人間的魅力などかけらもなく、尊敬させるものも全くなく、英語まがいのニセモノに少しも染まらなかったことです。

2023.01.04

成長のある人生について

人間にとって最も不幸なことは成長がなくなることだと思います。逆に幸せなことは成長があることです。他人と比べるのではなく、以前の自分と比べて成長を感じることが幸せなことです。

前の会社にいた時、上司が「50歳を過ぎてまで勉強したくない」と言っていました。その時わたくしはまだ40代でしたのでピンと来なかったのですが、今、ほぼ60に近い年齢で、わたくしはまだまだ勉強して、ギラギラしております。

お金はありませんが、夢があります。今日はダメでも明日は今日より成長します。こんな幸せなことはありません。

2023.01.02

やっぱり変わり者

わたくしは高校時代まで、周りから変わり者だと言われていて、自分でもそう思っていました。しかし、学校を出て、社会で働くようになって、だんだん自分はごく普通の人間なんだと思うようになりました。寧ろ、学生時代は平凡な自分をごまかすためにワザと奇をてらっていたのだと思うようになりました。

ところが、やはり最近周りの人とは違うところがあると思うようになりました。特に「みんなと同じようにする」ということが大嫌いです。何かをする理由として、「みんなと同じようにする」ということを言い出したら、それはただの思考停止です。それをすることが良い何かの理由があって、それがたまたま「みんなと同じようにする」ということになるのならいいのですが、それもなく、「みんなと同じようにする」という理由でものごとを決めるのなら、それはもう「思考の敗北」でしかありません。

ところが、周りを見るにどうもこの国のみなさんは、「みんなと同じようにする」ということが目的化してしまっている残念な方が多いように思えます。

価値観の違いといえばそうなんでしょうが、わたくしはそういうのが嫌です。

2022.12.22

末の松山浪越さじとは

最近書いた漢詩の技法の件もあり、和歌にも少し興味があります。そこで、百人一首などに触れているのですが、この間見たこの一首にびっくりしました。

最初は「松山」という言葉に引っかかりまして、愛媛県かと思ったのですが、調べてみるとこの「松山」よりも「浪」の方が意味が深く、津波のことだそうです。要するに津波が来ても「末の松山」を越すことはないということです。

この手の話は東日本大震災のときに聞いたことがあります。「ここより下に家を建てるな」と書いた石碑のことなどです。当時はいわゆる地元の古老などが語り継ぐ説話のようなものというイメージでしたが、百人一首に載るような立派な和歌にそのような言葉を見たことにびっくりしました。

つまり、教訓は「語られていた」だけでなく、書き残されていたのです。

こういう古典を大事にしていきたいですね。

2022.12.15

ストレスについて

ドロップハンドル車はお蔵入りとなりましたが、ママチャリ車で健康自転車生活を続けております。その中で、ちょっとしたことがありました。

コースの中に自動車修理屋さんの前を通る部分がありました。そこは我らが明姫グリーンロード沿いでありました。その自動車修理屋さんの敷地は2ヶ所あり、歩道沿いで隣接していました。片方は駐車場でもう片方は工場です。で、車が工場と駐車場の間を行き来するときに歩道を通っていました。勿論、運転される方は、安全に注意して、徐行されていましたので、一度たりとも危険を感じたことはありません。なので、わたくしもその自動車修理屋さんの存在にどうとも思うことすらありませんでした。

ところが、その自動車修理屋さんがこの度稲美町に移転されることとなりました。それから、その跡地を通るたび、胸がすっきりする心地よさを感じるようになり、実はあの自動車修理屋さんの存在がわたくしにとって大きなストレスであったことに気づきました。

言いたいことは、大したことないと思っていても、実は大きなストレスであることがあると言うことです。わたくしは、幼い頃から貧乏暮らしである意味我慢強いのかもしれませんが、知らず知らずのうちにうちに大きなストレスを溜め込んでいる可能性が高いです。

これからは我慢せず、ストレスの素になりそうなものを潰していきたいと思います。我慢は毒です。

まずは、身の回りの掃除から始めるつもりです。

2022.12.05

朝の時間は黄金の時間

来年還暦なんですが、明るく受験生やっているわたくしであります。最近思うのが、標題の言葉です。朝の時間はまさしく黄金の時間です。

夜クタクタになって、ぐっすり寝て、起きたらバッチリです。朝は寝起きで眠くなることもありますが、そういうときはコーヒーを飲みます。それでも眠いときは、勉強しながらストレッチです。

以前、朝にやっていた家事をできるだけ他の時間にするようにして、時間を稼いでいます。今は、毎日2時間くらいは取れています。

この2時間は黄金の2時間です。

2022.11.28

蝋燭有心還惜別替人垂涙到天明

和歌に掛詞という技法があります。まぁ、一種のシャレ言葉のようなものなのですが、一つの言葉に複数の意味を持たせるみたいなものです。

で、かつて、漢詩を作っていた頃、まぁ偶然なのですが、一つの言葉に二つの意味を持たせることができたことがありました。その時、密かに「これは日本人である自分にしかできない技法だ」などと思って一人悦に入っておりました。

ところが、最近、唐の時代にこの技法を使った人がいることを発見しました。それは杜牧さんで、標題はその部分です。とても画期的な技法だと思うのですが、その後、この技法が継承発展されることはなく、単発の余技みたいになっているのが残念です。

自分としては、この技法を発展させていきたいという野望を持っていますが、今は漢詩を作るなどという心の余裕がありません。また、いつか漢詩を作れるようになればいいですね。

2022.11.16

むくみ問題続報1

むくみ問題の続報です。

あれからいろいろ試してみましたが、決定打となる対策はなく、唯一「自転車を必死で漕ぐ」というのが僅かばかり効果がありました。とはいえ、効果は足に骨の線がうっすらと見えるくらいの程度に過ぎません。

そうこうしているうちにある日「健康守りたい診断」という健康診断を受けて、かかりつけ医の先生に「徐脈があります」と言われました。ここではじめてむくみの原因がわかりました。

つまり、徐脈だったのです。徐脈の原因は、降圧剤だと思います。それまでは、朝の健康自転車生活でドロップハンドル車を一生懸命に漕ぐことで、徐脈に負けない心臓を持っていたのですが、諸般の事情によりドロップハンドル車をお蔵入りにしたことで、心臓が弱体化し、このような結果となってしまったのです。

以上が、今のところの考察です。今はとにかく勉強して、絶対来年の試験に合格し、心置きなくドロップハンドル車を漕げるようになれるようがんばるだけです。

«罵詈雑言のことなど