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December 2003

2003.12.29

これが24件目

 今日は、一日に23件も遺跡巡りをアップ。これで本日24件目の文章だ。

 ココログを始めた動機が遺跡巡り置き場としてだったので、ココログの目的を半ば達成した感じだ。

 ただし、私の遺跡巡りは終わらない。何回か分はまだ書いていないのだ。

 この連載は月一なので、来月のお楽しみ……ということで、それまではくだらない日記で場をつなぐしかないという訳だ。

 それでは、おやすみ~~

広西壮族自治区編

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みな さん、こんにちは。

 今回は、広西壮族自治区、まとめて行ってしまいます。柳州は、桂林の南にあ
る街、陽朔は桂林からり江を下ったところにある街です。柳州も陽朔も桂林風な
「もこもこした山」が町中から見えることが特徴です。桂林は……言うまでもな
いですね。リ江(リはさんずいに「離」)下りで超有名な観光都市です。リ江下
りは、風景型観光地なのでここではパスします。

 103,柳候祠

 ここは柳州の町中、柳候公園の中にあります。柳宗元がこのあたりに流されて
きたことがあるらしく、柳宗元を記念して作られた場所のようです。韓愈の詩を
蘇東坡先生が書いた『茘子碑』があります。

 104、龍潭公園

 ここは、「もこもこした山」の風景がウリの公園ですが、中に柳宗元を祀るほ
こらがあります。このほこらの中の龍神やいろんな神様の造形がかなりきていま
す。だって、魚やエビが服着て立っているんですから(^^;。

 105,靖江王府跡

 桂林の町中にも城壁があります。ここは、もと靖江王府だったところで、この
城壁、なかなかいい味を出しています。靖江王府博物館は、『地球の歩き方』で
は、「広西師範大学の中にある」と書かれていますが、探すのに一苦労するでし
ょう。今は、ある校舎の一室に押し込まれています。ですが、展示されてある内
容はなかなか楽しいものがあるので、是非行ってみてください。

 106,漁村

 ここは、リ江のほとりにある昔の町並みがそのまま残っている村です。規模は
むちゃくちゃ小さいですが、味はあります。当方が行ったときは、「ガイドです」
と言って現れたのが、どう見ても60歳は越えているおじいさんでした。(ガイ
ド料は入場料に含まれる) 最初は、びっくりしましたが、言葉の訛りもあまり
なく、なかなか良いガイドさんでした(^^)。(ただし、中国語ガイド)

 107,山水園

 ここは陽朔の町中にある公園。中に鑑真関連の施設があります。

 広西壮族自治区はこの辺で終わります。次は、まだ書いていなかった西安周辺
の遺跡などを書きます。

 ではでは、再見!!

02/11/29(金) 14:16 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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承徳編

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みな さん、こんにちは。

 今回はメジャーな場所というわけで、承徳にしました。何と言っても世界遺産
ですから、一応メジャーにしておいてもバチは当たらないでしょう(^^;。ちなみ
に承徳は、街が小さい、ゴミだらけ、電柱に法輪功の宣伝ビラ発見、などの印象
があります。が、一番の印象は、とにかく暑い、ということでした。ここは、皇
帝の避暑地だったはずなのですが、むちゃくちゃ暑かったです。また、ここで印
象的だったのは安宿(一泊20元くらい)のおじいさん。むちゃくちゃやすい宿
に(中国人に化けて)泊まったのですが、そこのおじいさんのサービスが素晴ら
しかったです。

 ちなみに避暑山荘と外八廟が世界遺産です。外八廟については、記憶を補完す
る写真が出てこないので、完全におぼろげな記憶が頼りです。で、おぼろげな記
憶によると、普佑寺は工事中、溥仁寺は存在せず、殊像寺は記憶なし……という
状況です。というわけで、外八廟は、五つだけ紹介します。

148,避暑山荘

 ここは、清王朝の歴代皇帝が夏の間住んでいた場所。というわけで、故宮と同
じような機能を持っていたのですが、故宮よりは地味目。私にとっては、ここは
『戯説乾隆』の撮影場所になったという意味合いの方が強いです。実際、「ここ
はあのシーン」という場所もありました。(二三カ所だけですが)

 149,安遠廟

 外八廟の一つ。ここは、小さいながらもチベット仏教の雰囲気があって、なか
なかよかったです。あと、ここだったか、次の普楽寺だったか、高台にあって、
他の外八廟の全景なども見ることが出来てなかなかよかったです。(実際に行く
より、ここで見た方がきれいという気も……(^^;)

 150,普楽寺

 外八廟の一つ。ここは、北京の天壇風の建物があります。

151,普寧寺

 外八廟の一つ。ここには世界最大の木彫り観音像があります。確かに大きく、
迫力がありました。

 152,須彌福寿之廟

 パンチェンラマの寺を模して造られたというお寺さん。やはり、外八廟の一つ
です。かなりでかいですが、壁の赤い塗装がはげてきていて、ちょっとみすぼら
しいかな、という気もしました。

 153,普陀宗乗之廟

 ここも、外八廟の一つ。ポタラ宮を模して造られたそうですが、やはり、塗装
がはげてきていて……う~ん、な感じです。ここに来て、本物のポタラ宮を見た
くなりました。(ただ、規模はやたらでかいです)

 154,金嶺山長城

 承徳から北京に行く途中(北京市と河北省の省境)にある万里の長城の一部。
私は、承徳からバスで行きました。ここの観光は、登山になります。私が行った
のは夏だったので、かなりきつかったです。ここから、司馬台まで歩いて行ける
そうなので、時間と体力のある方は是非挑戦してみてください。

 というわけで、今月は承徳でした。ちなみに承徳といえば、中国では有名な飲
料「露露」の本社があることで有名です。で、「露露」の本社に行って、「露露」
のみ放題とか、やってみたかったのですが時間の関係上断念しました。(たぶん
行っても出来ないと思います(^^;) まあ、私的には、『戯説乾隆』のロケ地を
見ることが出来ただけで満足でした。

 それでは、また。

03/12/06(土) 21:27 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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三蘇村編(+鄭州)

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みな さん、こんにちは。

 今月の遺跡巡りは三蘇村です。三蘇村は、河南省の[夾β]県(中国語の発音で
jiaxian、[夾β]は陝西省の「陝」の字の左右逆さま)という田舎町の近くにあ
ります。ということは、三蘇村に行くにはまず、[夾β]県に行かなければなりま
せん。[夾β]県には、鄭州からバスが出ています。そして、[夾β]県から「三蘇
村」行きのバスがあればいいのですが、残念ながらありませんので、近くまでバ
スで行って(どこ行きかは失念)、途中で降ろしてもらって、三蘇村まで8キロ
の道のりを三輪の相乗り輪タクで揺られて行きます。これを読んでもおわかりの
通り、三蘇村はすごい田舎です。はっきり言って、中国初心者は絶対に一人で行
かない方がいい……というかたどり着くだけでも難しいと思われます。ただ、そ
んな田舎にもかかわらず、遺跡が三つもあり、しかも、それぞれ田舎にしては整
備されています。それは何故か……ともうしますと、ズバリ、中国歴史上、有数
の天才であり書道家であり政治家であり、その他いろいろであった(ちょっとひ
いき目入っています(^^;)蘇軾(以下蘇東坡先生と呼称)とその弟君蘇轍(以下
小蘇先生と呼称)のお墓があるからです。しかも、そのお墓はお父様の蘇洵(以
下老蘇先生と呼称)の衣冠墓を付け加え、中国でもっとも優秀な文学家一家であ
る三蘇ファミリーのお墓が三神合体とあれば、もう行かずばなるまい――となる
のは蘇東坡ファンなら誰でも理解できるはず……って、蘇東坡ファンなんて普通
いません、日本には(^^;。

 ……と思い入れたっぷりの前置きはともかく、遺跡の紹介と参りましょう。

 144,三蘇墳

 文字通り三蘇ファミリーのお墓。私の持っていたガイドブックによると、「も
ともと蘇東坡先生と小蘇先生のお墓があり、その後老蘇先生の衣冠墓ができた」
とあります。しかし、冷静になって考えてみると、真ん中に老蘇先生の衣冠墓が
あり、その左右に天才兄弟の墓が……ということは、最初からこういうレイアウ
トにして作ったんじゃあ……と自分が尊敬する人物の墓にまでつっこみを入れて
しまう私はダメでしょうか(^^;。

 145,蘇東坡像

 前述の通りすごい田舎なのですが、それにしては立派な像です。はっきり言っ
て「蘇東坡先生で村おこし」を目指し、そして失敗した跡が見て取れる……とい
うのは言い過ぎですね(^^;。

 146,広慶寺

 ここにはなんと蘇東坡先生の文学作品を書いた書道作品(別の書道家によるも
の)の石碑が「これでもか~」というくらいにあります。あれだけ大量の蘇東坡
先生の文学作品を書いた書道作品はここにしか無いでしょう。(石碑ですが……)
 見たところ……って、見てもわからないのですが、たぶん現代の書道家による
ものがほとんどのような気がしました。で、ここで見ると、「書道家による蘇東
坡先生文学作品人気投票」ができます。結果は、たぶん「念奴嬌」一位、二位は
たぶん「水月歌調」です。

 ちなみに鄭州=三蘇村=鄭州は朝出れば日帰りできます。私は日帰りで行きま
した。(というかあんなところ外国人が泊まれるようなホテルは絶対にない(^^;)

 最後に通過地点だった(?)鄭州の遺跡を一つあげておきます。

 147,商代城壁跡

 ここはすごいです。何と言っても時代が商ですからね。しかも、いまだにしっ
かりと残っている……版築ってすごい技術なんですね。陳舜臣先生の『中国の歴
史』に何人の奴隷を使って何年で作った……とか言う計算がありましたが、すご
い年月だったように記憶しております。

 というわけで、「今月の遺跡巡り」はこれまで。来月は……もうちょっとメジ
ャーな場所にします。

 それでは、また。

03/11/09(日) 19:09 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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開封編

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みな さん、こんにちは。

 久々の遺跡巡りです。実は、今月の初め、「これから遺跡巡りを毎月書く
ぞ!!!」と心に誓ったのですが、すでに月末になろうとしており、当方の決意
はいきなり瀬戸際にたたされております(^^;。

 という能書きはさておき、開封です。開封といえば、大宋王朝の首都、東京開
封府、べん京として超有名です。ただ、この街の弱点は、そのころの開封は洪水
に沈んで土の下……ということにありますが、ここまで来てそんな文句を言って
も始まりません。早速遺跡紹介に入ります。

134,劉少奇逝世処

 いきなり現代史で、北宋に関係ありません(^^;。何でも劉少奇はこの辺でお亡
くなりになったそうで、彼の一生と彼の死後、名誉復帰までが展示されています。
しかし、「劉少奇批判の間違いを認め、名誉復帰したのは、中国共産党の心の広
さというか、間違いを認め改めるすばらしさの現れである」というような展示に
は思わず、怒りが……だって、人をなぶり殺しにしておいて、かなり後で「あれ
は間違っていた」なんて言われても……ねえ。

135,包公祠

 包ジョウをまつるためにたてられた建物。中には『包青天』名場面集の蝋人形
などの展示があります。ここに開封府の模型がありましたが、門の前に太鼓が無
く、あのドラマに出てくるyuanwang(←中国語の発音記号:ぬれぎぬの意)な人
たちはいったい何だったのか、考えさせられました(^^;。

136,山陝甘会館

 清代にたてられた建物。こういう建物は中国あっちこっちにありますが、当方
は好きです。

137,相国寺

 水滸伝などでおなじみのお寺。当方にとっては、『少年包青天』の小僧さんの
方が印象に残っています。この前、日経新聞の『私の自叙伝』で、ここを復興さ
せるために頑張ったお坊さんの話が出ていましたが、何でもここに共産党支部が
入っていたそうです。

138、宋都御街

 龍亭公園の前にある復古調ストリート。よく見ると「中国銀行」とか「自助式
火鍋」などという看板まで復古調になっており、結構楽しめます。

139,龍亭公園

 ここに皇帝の王宮があったと言う場所。今は、現代に再現された建物があるだ
けです。中に宋代の有名事件を蝋人形で表現した展示などもあり、宋王朝ファン
は結構楽しめる場所だと思います。

140,鉄塔

 レンガでできているんだけれど、黒っぽくて鉄製に見える塔。漢詩紀行によく
出てきます。ここは、中に入って登ることができます。当方が行ったときは、雪
が降っていて、雪景色の公園を楽しむことができました。

141,繁塔

 何故か上の方が無くて、三段くらいのちょっと見た目はしょぼい塔。しかし、
近づいてみるとミニ仏がたくさん彫られており、なかなかに素晴らしいです。遺
跡は見かけによらぬ……というか、近づいてみないとその価値はわからない、こ
ともあるということですね(^^;。

142,翰園碑林

 現代から古代までいろんな書道作品の碑が「これでもか~っ!!」と並べてあ
る石碑マニアの博物館。石碑とは言え、あれだけ大量の蘇東坡先生の作品を一気
に見ることができたので、当方は満足でした(^^)。

143,清明上河園

 あの超有名絵画をモチーフにしたテーマパーク。あの客の入りからして、興味
のある人はお早めに……と余計な心配までしたくなりました。ああいうところは、
アトラクションに出会うと結構おもしろいのでしょうが、当方が行った日は雪だ
ったためか、アトラクションはほとんど中止、、、日頃の行いですか(^^;

 ……以上、一気に書きましたが、行ってからこれ以外にも「曹植の墓」とか、
「魏徴の墓」などが周辺にあるらしいことをキャッチ。当方は時間の関係上行け
ませんでしたが、時間のある人は是非チャレンジしてみてください。

 さて、来月は(と強く出てみる(^^;)「三蘇村」……超マイナー遺跡のオンパ
レードです。まあ、名前聞けば、誰関連かはわかりそうですが……(^^;。

 それでは、また。

03/10/28(火) 21:40 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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漢中編

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みな さん、こんにちは。

 今回は漢中です。漢中は陝西省でも四川省に近いところにあり、「小江南」と
呼ばれているくらい、穏やかで過ごしやすそうなところです。陝西省でも、秦嶺
山脈を越えると別の世界になっておりまして、ここにはあの黄土高原独特の雄大
な渓谷や砂埃はありません。一般の旅行者は見落としがちな場所ではありますが、
実は遺跡の宝庫と呼んでも差し支えないくらい、遺跡が豊富です。では、以下に
簡単に紹介します。

 122、張良廟

 ここは、西安から漢中に向かう途中、留[土貝]と言うところにあります。何で
も張良が修行していたところだそうです。今でも結構な山奥ですが、かなり立派
な廟です。こんなところから、長安の様子をつかんでいた(ように見える)張良
は、まさに「運籌帷幄之中、決勝千里之外」という言葉がぴったり来るなあ、と
感じさせるロケーションにあります。あと、曲がりくねった竹も見ることができ
ます。

 123,桟道跡

 蜀の桟道といえば有名ですが、この西安から漢中に向かう道沿いに桟道の跡を
見ることができます。今は四角い孔が残っているだけですが、それだけに楽しめ
ます。こういうのに出会えるのも、鉄道でなく、タクシー貸し切りという、ちょ
っと贅沢な旅の恩恵です。

 124,石門

 ここにはダムと桟道(現代に作られたもの)があります。ここの桟道は、がっ
ちりしすぎて、それっぽくないですが、観光用なのでこれで我慢しましょう。本
当の桟道のスリルを味わいたい方は、崋山にある長空桟道をおすすめします(こ
こは、一歩間違うとマジで死ぬ(^^;)

 125,武侯祠

 ここは三国時代のスーパー超人軍師、諸葛亮をまつったところです。中に唐三
彩三国武将が並んでいますが、「現代人が唐三彩を作るとこんなもん」というよ
うなデキです(^^;。

 126,武侯墓

 こっちは諸葛亮さんのお墓です。なかなか立派なお墓で、中には諸葛亮さんの
一生を描いたジオラマなどがあります。このジオラマの中に、諸葛亮さんの発明
による軍事物資輸送用の「木牛」「流馬」(だったか、名前失念(^^;)があり、
見ると結構楽しいです。

 127,定軍山

 ここは、黄忠が夏侯淵をやっつけた古戦場。武侯墓から上っていったところに
あります。(武侯墓は、諸葛亮さんの遺言で定軍山のふもとに作られたのでした)
今行っても石碑が一つあるだけですが、ここにたつと当時の情景が目の前に浮か
んでくるようないかにも「古戦場」という雰囲気の場所に石碑があり、ファンは
かなり楽しめるでしょう。

 128,馬超墓

 ここは武侯墓の近くにあります。かなり立派なお墓で、さすが三国武将だなあ、
という微妙な感想を抱かせてくれる墓。

 129,古漢台

 ここは、漢中市内です。劉邦関連の遺跡で、劉邦が漢王だったころ、ここに宮
殿を作ったんだかなんだか……由来はよく覚えていないのですが、そう言う感じ
の場所です(^^;。現代に作られたそれっぽい建物とこの辺から出た文物などを展
示しています。中に曹操の書いた文字の石碑……というのがありますが、これっ
て本物なのでしょうか?

 130,拝将台

 ここは、韓信が漢の将軍になってくれいと拝み倒された場所。これも漢中市内
だったと思います。今では市民の憩いの場になっていますが、どう見ても入場料
を払ったと思えない人々に混じって、観光せざるを得ません(^^;。

 131,張騫墓

 ここはシルクロード関係で有名なお方の墓。城固県というところにあります。
中には張騫さんの一生に関する展示などがあった……と思います(^^;。

 132,蔡倫墓

 洋県というところにあります。有名な紙を発明(改良?)した宦官の墓です。
蔡倫の一生(結構複雑だったりする(^^;)の展示や紙の販売などを行っておりま
す。

 133,紙博物館

 ここは、蔡倫墓の横にあります。大したことなさそうですが、実はかなりおす
すめな場所で、何が良いかともうしますと、何と言っても紙づくり実演をやって
いて、しかも、実際にやらしてくれる……というところです。もちろん、この紙
は蔡倫風という触れ込みです。やってみると結構楽しいです。

 当方が行ったのは以上ですが、まだ他にもあるようです。あと、洋県には、ト
キ保護区があり、オリの中で育てられたトキを見ることができますが、ここの職
員のみなさまの「日本人と見たら金をだまし取ろうとする」態度に思わずがっか
りしました。で、それ以降、トキに関する日中友好の感動的ニュースなどを全く
楽しめない体質になってしまいました。

 次回は開封あたりを予定しております。

03/07/19(土) 09:53 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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西安西郊外墓中心編

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みな さん、こんにちは。

 お久しぶりです。今回の遺跡巡りは西安の西郊外に広がる墓中心で行きます。
西安の空港から西安市内に向かう高速道路沿いには「ビラミッド都市」ならぬ墓
通りとも言うべき古墳密集地帯がありますが、ここも含め西安の郊外は有名人の
墓の宝庫です。

 115,班固墓
bangumu.JPG


 扶風県にあります。『漢書』を書き上げたお方の墓。手元の資料では、『漢書』
は、「断代史体」となっていますが、なんのこっちゃようわかりません(^^;。
『史記』とはスタイルが違うのでしょうか? ちなみに墓ですが、今は畑になっ
ています。石碑(それも現代に再建されたもの)があるくらいの状態です。

 116,周原遺跡
zhouyuan.JPG

 ここは、周の都があったところ。建物の跡(礎石)などが残っています。宝鶏
の北にあり、手元の写真には「時代・西周」とあります。

 117,馬援墓
mayuanmu.jpg


 これも扶風県。班固の墓よりは立派な石碑が一つあるきりです。馬援といえば
海南島の三亜の天涯海角公園(この『遺跡巡り』では省略)にも馬援の像があり
ました。

 118,蘇武墓
suwumu.jpg


 武功県にあります。ここは、農家の庭先のようなところ。しかも、やはり畑の
中だったりする(^^;。

 119,武功塔
wugongta.JPG


 同じく武功県。手元の写真では、報本塔となっています。いつの時代の塔かは
よくわかりませんが、それなりに立派な塔です。まあ、こういうのは西安の周辺
にはごろごろしております(^^;。

 120,周陵
zhouling.JPG


 ここは、手元の写真を見ると石碑の裏に「文武成康四王之陵及周公太公墓」と
書かれていますが、当方は「武王陵」と「文王陵」しか記憶にありません。写真
にも残っていないし、他の三つの墓はどこにあるんでしょうか(^^;。ちなみに二
つの墓は規模的にはかなりでかいです。

 121,双塚

 ここは、西安から咸陽に向かう途中にある例のピラミッド都市群の一つです。
ここに行くと、人の墓に穴掘ってヤオトンという洞窟風の家を作って暮らしてい
たバチあたりを通り越して「度胸千両・無法松も裸足で逃げ出す感じ」な中国の
方々の痕跡が見て取れます。さすがに今住んでいる人はいないようですが……。
蕭何の墓という触れ込みに釣られて行ったのですが、蕭何の墓と名乗っている場
所はもう一つあるようです。どうでもいいけれど、蕭何って、名前が「何」なん
ですね。なんかナニな感じ……(^^;。

 ……今回はここまでですが、以上の遺跡は一日で巡ったものです。(当日、こ
れ以外にも行った場所はありますが、あまりにも意味がないので省略(^^;) こ
れくらいの組み合わせはいくらでも組めるのが西安の強みですね。

 ではでは、再見!!

03/04/27(日) 10:41 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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西安周辺編(藍田など)

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みな さん、こんにちは。

 今回は、まだ書いていなかった西安周辺(と市内)の遺跡について書きます。
長安県は西安市の南、蘭田県は西安市の東南にあります。なお、蘭田県の一部は
非開放地区で、入っただけで逮捕される可能性があるのでご注意ください。(実
は、当方も逮捕されました(^^;) ちなみに今回書いている遺跡はすべて開放地
区のものですので、ご安心を。

 108,西安事変記念館

 ここは、西安市の城壁の中にあります。(当方の家から歩いて行ける距離(^^;)
西安事変勃発当時、張学良の公邸がここにあったそうで、公邸あとなどが残され
ています。

 109,小雁塔

 大雁塔ほど有名ではないですが、なかなかの風格を備えた塔。西安市内、城壁
の外、南の方にあります。この塔、上の方が地震のため壊れています。この情報
を聞いたとき、思わず「げっ、西安でも地震あるんじゃん!!」とびびってしま
いました。(阪神淡路大震災経験者なもんで……)

 110,シルクロード出発点跡

 ここは、西安の城壁(西門)から、ちょっと西に行ったところにあります。今
は、そんなに大きくない西安の城壁ですが、唐の都長安の城壁(西門)は、この
あたりだったそうです。で、勝手に「シルクロード出発点」などと名付けており
ます(^^;。だいたい、「シルクロード」と称する道路など歴史上存在しない(現
代にはありますが(^^;)のに、何でここが「出発点」になるんや~、と言うつっ
こみは厳禁です。今は、でかい像が建っているだけですが、入場料タダだし、タ
クシーを使って西の方に向かえば通る場所なので、時間があれば途中下車して寄
ってみてもいいでしょう。

 111,杜公祠

 西安の南、長安県にあります。杜甫を祀ったほこら。どうも杜甫はこの辺に住
んでいたらしいです。タクシーで行けば西安市内から三十分くらい(だったと思
う)でつきますが、唐の時代にこんなところから都まで通うのは大変だっただろ
うな、と思わせるロケーションです。普段は閉まっていますが、例によって、門
の前で騒げば、中から人が出てきて開けてくれます。

 112,蔡文姫墓

 蘭田県にあります。後漢から三国にかけて生きていた頭の良かったことで有名
な女性の墓。ここに来れば、この付近の遺跡の分布がよくわかります。が、間違
っても「王維の墓」や「王維関連の遺跡」に行こうとしないこと(^^;。

 113,蘭田猿人遺跡

 これも蘭田県。ここで、猿人の化石が発見されたそうです。化石自体は大した
ことがない(興味がないもんで(^^;)ですが、発見された場所というのが、一面
の麦畑が広がる典型的な黄土高原で、なかなか景色が良いところです。

 114,水陸庵

 これも蘭田県。ここは、絶対におすすめのスポット。今やうちの留学生の間で
大ブレーク中の遺跡です。我々の間では「西安にきて水陸庵に行かないなんて」
とすら言われています。当方も、何人もの日本人を連れて行きましたが、みんな
口をそろえて褒めちぎっています。中には「兵馬俑よりもすごい」と言う声も…
…って、なんか「英語ヒアリング教材」の広告のようになってしまいましたが、
ここは本当にすごいです。元くらいに出来たお寺で、一番奥の建物にはいると、
四方の壁一面に大量の塑像が貼り付けられています。当方は、「仏教版飛び出す
絵本」と呼んでいますが、これがど迫力で見るものに迫ってきます。中に象が何
頭かいるのですが、とてもやせていて馬のような象で、いかにも「象を見たこと
のない人が『象ってこんな感じかな?』と思いつつ作った」という感じが出てい
て、いい味出しています。ただ、惜しむらくはここの従業員のみなさまに「やる
気」というものがいっさい感じられないことです。まあ、そういう意味でも昔の
中国を感じることが出来るスポットと言えるでしょう(^^;。

 今日はこの辺にしておきます。次回は、西安周辺の西の方(墓中心)に行きた
いと思っています。

 ではでは、再見!!

02/12/10(火) 08:49 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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中和鎮編

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みな さん、こんにちは。

 中和鎮は、海口から東に行ったところにある街で、海口から日帰りで行ける距
離にあります。ここは、蘇東坡先生が住んでおられたところであり、蘇東坡ファ
ンたるもの海口の「五公祠」だけでお茶を濁すわけにはいけません。是非とも行
くべき場所であります。(ちなみに「鎮」というのは一種の行政単位で、これが
つくと普通はかなり田舎です。まあ、「郷」よりましですが……)

 ここは、かなり田舎です。ここで食べたお昼ご飯は総額二元でしたが、あまり
のまずさに食べ切れませんでした。(心の中で「蘇東坡先生もきっとこういうま
ずいご飯を食べておられたのだ。当方もがんばって食べねば」と自分を励まし続
けたのですが、ダメでした) あと、「東坡井」には、道に迷って、派出所で道
を聞いたところ、お巡りさんがバイク(二人乗り)で送ってくれたのですが、そ
のときの光景が、犬は吠えるわ、鶏は騒ぐわ、子供たちは……というわけで、ま
るで蘇東坡先生の詩の世界そのものでした。……というわけで、ここは蘇東坡先
生がおられた頃の雰囲気をかなり濃厚に残している、蘇東坡ファンにとっては感
涙ものの場所です。

 100,東坡書院

 ここは蘇東坡先生を記念して建てられた場所です。ここで村人に勉強を教えて
いた、ということにもなっているようです。ここは、普通の観光地なのであまり
面白くありません(入場料も取るし(^^;) ただ、ここに来れば、このあたりの
蘇東坡先生関連遺跡の情報が手に入ります。ちなみにここで売っている『尋訪東
坡踪跡』と言う本は、蘇東坡先生巡礼の旅には必携。これを読めば、当方の巡礼
など、まだまだ甘いことがわかります(^^;。

 101,東坡井

 ここは、蘇東坡先生が掘ったと言われる井戸。まあ、こういう井戸は実はあち
こちにあって、当方もインチキ臭いのと面倒なのとでほとんど回っていないので
すが、ここの特徴は、何と言っても「現役」ということです。しかも、水が飲め
るそうです。(当方は衛生上の配慮から飲みませんでしたが……) これが本物
かどうかは何とも言えませんが、何百年もたっている(本物なら千年近いはず)
井戸がいまだに現役というのは、それだけで感動もの……かも?

 102,コウ榔庵跡(コウの字は[木光])

 ここは、蘇東坡先生が住んでおられた場所。今は跡形もありません。ここには、
土地の古老が案内してくれました。石碑も何もなく、ここが跡地であることを証
明するものは何もありませんが、当方の所有する資料(写真)と風景が一致する
ので間違いなく本物でしょう。我々ファンにとっては、何にもないからこそ、感
動させてくれる場所であります。あと、ここのそばには、蘇東坡先生が蓮を植え
たと言われる池などもあります。

 海南島は、それ以外にもトンザや三亜など回りました。それぞれそれなりに遺
跡と呼べなくもない場所がありましたが、大したことないし、面倒なのでパスし
ます(^^;。ちなみに当方が海南島に行ったのは、二月の頭でしたが、田植えをし
ていました。

 というわけで、次は大陸に戻って、広西壮族自治区の柳州に向かいます。(こ
れでしばらく蘇東坡先生関連遺跡とはお別れになるのでご安心ください(^^;)

 ではでは、再見!!

02/11/29(金) 08:05 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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海口編

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みな さん、こんにちは。

 今回は、海南省の省会・海口です。海南島と言えば、中国のハワイと言われる
ほどリゾート地として有名ですが、我々蘇東坡ファンにとっては、蘇東坡先生ゆ
かりの地として、巡礼の重要地点としてしか見ることができません(^^;。……と
いうわけで、今回も蘇東坡先生中心ですがご勘弁ください(^^;。

 97,リョウ州海峡(リョウの字は[王京])

 というわけで、一般には遺跡でも何でもない海峡から入ります(^^;。ここは、
蘇東坡先生が二度に渡って万感の思いとともに渡られた海峡で、蘇東坡ファンで
あれば、飛行機で海南島入り……などとしゃれたことをせず、海安(雷州半島の
先の小さな港町)から船で海口を目指すべきです。で、実際に行ってみると、対
岸など全く見えず「青山一髪是中原」というのが、事実ではなく「心象スケッチ」
であることがわかります(^^;。

 98,五公祠

 ここは、五人の海南島ゆかりの人物(って、たぶん誰も知らない超マイナー人
物ぞろいですが(^^;)である「五公」と蘇東坡先生を祀った場所です。というわ
けで、本来的には「蘇東坡先生と五公の祠」とよぶべきで、ここを単に「五公祠」
と呼ぶのは「内山田洋とクールファイブ」を単に「クールファイブ」と呼ぶのと
同じくらい基本的な間違いだと思われますが、とりあえず、みんなは「五公祠」
と呼んでいるようです。ちなみに蘇東坡先生を祀っている部分は、春夢婆さんの
絵なども描かれており、ファンとしても好感が持てる内容。

 99,海瑞墓

 ここは、清廉にして民のことを第一に考え、自らの身を省みず諫言を繰り返し
た有名官僚のお墓です。かなり立派な規模で、中国における海瑞の人気度が伺え
ます。それに比べると、蘇東坡先生のお墓(かなり未来に後述予定(^^;)なんて
しょぼいもので……おもわず「観光地って、結局は交通の便なんだよな~」と負
け惜しみを言いたくなります。

 次回は、海口から少し西に行ったところにある田舎町・中和鎮です。

 ではでは、再見!!

02/11/28(木) 19:32 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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雷州編

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みな さん、こんにちは。

 今回は、雷州編です。雷州は、広東省の南の方に突き出た雷州半島にある小さ
な街です。ここゆかりの有名人物と言えば、蘇轍(蘇東坡先生の弟君)と寇準
(北宋時代に遼が攻めてきたときに徹底抗戦を唱え、領土を保全した人物)のよ
うですが、どちらも流罪で流されてきたクチです。蘇東坡先生は、ここに短期間
滞在しただけなのですが、どういうわけか、長期滞在の蘇轍よりも扱いが大きく
なっています(^^;。

 92,西湖

 何とここにも西湖があります(^^;。で、ここの西湖も公園になっていて、蘇東
坡先生兄弟を祀っている施設と寇準関連の施設があります。蘇東坡先生の方は
「蘇公亭」で寇準の方は……忘れました(^^;。あと、なぜかここにも蘇堤があり
ます。

 93,三元塔

 ここはただ地元博物館がこの中にあると言うだけで行ったところですが、行っ
たところ博物館が閉まっていた……と言う苦い思い出がある場所です(^^;。「マ
イナー遺跡巡りには地元博物館で情報収集」と言うのも一つの鉄則ですが、時と
して失敗します(^^;。

 94,万寧寺

 ここには、蘇東坡先生が書かれたという大きい額「万山第一」というのがあり
ます。……で、ただそれだけ(^^;。

 95,真武堂

 ここは、寇準が雷州にいた頃、隕石が落ちてきて、迷信を信じ、騒いでいる民
衆をおさめるために寇準が作った廟のようです。観光地でも何でもなく、地元の
社のような場所ですが、それなりに趣があります。

 96,蘇公楼

 ここは蘇轍が住んでいたと言われる場所。真武堂に隣接……というか、真武堂
の中から入れます。(ちなみにどっちも入場料タダ) 例によって、蘇東坡先生
の方が扱いが大きいです(^^;。

 最後に補足ですが、恵州にある「蘇東坡先生の書いた対聯(と言っても木に刻
んだものですが)が残っている道観」は「元妙観」で、西湖公園の中にある「蘇
東坡先生が詩に詠んだ塔」は「玉塔」でした。西湖公園にはそれ以外にも「西新
橋」「孤山」「蘇堤」などなど、たくさん蘇東坡先生関連の場所がありました。
(以上の情報は、今頃資料が出てきたためここに補足させていただきます(^^;)

 次回は、海を越えて海南島に飛ぶ予定です。

 ではでは、再見!!

02/11/23(土) 06:30 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)


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恵州編

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みな さん、こんにちは。

 今回は恵州編です。恵州は、広州から東に行ったところにある街です。ここは、
蘇東坡先生が流されていたところです。というわけで、遺跡もすべて蘇東坡先生
関連であります。

 87,西湖

 何とここにも西湖があります。蘇東坡先生関連遺跡を訪ね歩くといろんな「西
湖」(「東湖」と言うのもある(^^;)に出会うのですが、それでわかったのは中
国各地には結構こういう名前の場所があるようです。で、ここは公園になってお
り、以下の蘇東坡関連遺跡があります。

 88,蘇東坡記念館

 ここは、蘇東坡先生in恵州の事績を中心にいろいろと展示してある記念館です。
恵州で蘇東坡先生関連遺跡を巡りたい人はまずここに行きましょう。ここでは、
蘇東坡先生が架けた橋(現存しませんが、写真が展示されていました)のしょぼ
さに仰天しました。まあ、流罪の罪人が架けた橋だから、ちゃんとした公共事業
である杭州の蘇堤あたりとは比べものにならないのは仕方ないですが……。

 89,朝雲墓

 ここは、蘇東坡先生の第二夫人だった王朝雲さんのお墓です。元は杭州の人だ
ったのですが、何とこんなところで死ぬ羽目に……というわけで、「優秀な人物
と結婚したからと言って幸せになれるわけでもない」と言う教訓を……って、ま
あ、本人は結構幸せだったかも知れませんが……(^^;。あと、西湖には、蘇東坡
先生が、詩に書いた塔や西湖の隣には、「蘇東坡先生が書いた対聯がのこる道観」
などがありますが、名前を忘れたので省きます(^^;。

 90,蘇公祠跡

 ここは例によって名前は忘れましたが(^^;、市の東北にある「なんとか衛校」
という看護婦養成学校のような学校の中にあります。蘇東坡先生は、恵州にいた
間、いろいろ移住されているのですが、最後はこのあたりに住んでおられたご様
子です。で、何で「跡」かというと日本軍に破壊されたそうで……(^^;。

 91,嘉祐寺

 ここは、蘇東坡先生が恵州にいた間、一番長く住まれていたお寺さんです。と
ても小さなお寺さんで、何と小学校の中にあります。なぜ小学校の中にあるかと
いうと、もともと結構大きなお寺さんだったのが、文革の時代に破壊され、その
跡地に小学校を作られてしまったらしいのです。で、文革後、地域の信者の手に
よって小学校の中に小さいながらも復活を遂げたそうです。……と、蘇東坡先生
の歴史だけでなく、文革の歴史やこの地域の信者の方々の厚い信仰心なども感じ
ることが出来るスポットです。

 次は、恵州よりもさらにマイナーで「日本人はまず行かないだろう」と言う地
方都市、雷州です。

 ではでは、再見!!

02/11/22(金) 07:52 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)


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広州編(+虎門)

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みな さん、こんにちは。

 と言うわけで今回は広州編です。広州は広東省の省会(日本で言うと県庁所在
地)で、改革解放の波に早くから乗っかり、中国の中でもかなり発展している街
です。ここの印象は何と言っても料理がおいしいことでした。で、「広州の料理
がうまい」とみんなに喧伝していると、香港に住んでいる友達から「あんた、ま
だ香港来たことないでしょ。香港来たら広州の料理なんてまずくて食えないわよ」
と言われました(^^;。

 82,陳氏書院

 ここは清の時代、広州に住む陳さんたちがお金を出し合って作った建物です。
一族をまつる社とか、子供たちの教育に使っていたようです。こういう「昔の家」
は、あちこちに残っていますが、ここの建物もなかなかみごとです。今は広州の
民芸品などもたくさん展示されており、こっちの方も面白かったです。

 83,光孝寺

 ここは、広州で一番大きなお寺さんです。実は当方がここに来た目的は『少年
包晴天』の撮影場所を見る(どうも使われていたらしい)ということでしたが、
いまいちよくわかりませんでした(^^;。あと、広州のお寺さん全部に言えること
ですが、ほかの地方と違って、このあたりのお寺さんは、観光用というよりは、
地元の信者さん向けに作られており、宗教的雰囲気を味わえます。

 84,六榕寺

 ここもお寺さん。何とここは蘇東坡先生も来たことがあり、その詩の一部分を
取ってこういう名前に改名したらしい、と『地球の歩き方』に書いてありました。
実はこの情報、当方も知らず、現地で同書を読みながらちょっと恥ずかしい思い
をしました(^^;。で、蘇東坡先生も詠んだというガジュマルの樹、なかなか見事
です。

 85,砂面

 ここは、昔租界だったところです。上海のバンドのようなところと言えますね。
きれいな洋館がずら~と並んでいます……と言いたいところなのですが、この洋
館たち、よ~く見ると通りに面している表部分だけきれいに塗り直されています
が、裏とか側面はきちゃないままです(^^;。ここは、そういう「中国の現実」も
味わえる貴重な場所と言えるでしょう(^^;。

 86,林則徐記念館

 ここは本当は広州市内ではなく、広州から日帰りで行ける「虎門」と言う場所
にあります。ここ、一応「鎮」になっていますが、行ってみるとかなり都会です。
で、ここには、林則徐が阿片を処理した池などが残っています。あと、記念館に
は「欧米列強に屈せず、毅然として反抗した偉大なる中華民族(林則徐)の足跡
(砲台など)」が展示されていますが、林則徐が左遷された後、この偉大なる砲
台などが、英国海軍にぼろんちょにやられたことは全く展示されていません(^^;。

 次は、広州から東へチョット行ったところにある街、恵州に移ります。

 ではでは、再見!!

02/11/21(木) 07:26 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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湖北省編

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みな さん、こんにちは。

 いろいろとありまして、連載がとぎれてしまって申し訳ありません。私事です
が、来月から仕事をする事になりました。仕事をするともっと時間が無くなるだ
ろう……と言うことでお詫びもかねてこの数日の間に何とか連載を最後まで書き
続けようと思います。

 というわけで、今回は湖北省そのほか編です。武漢は湖北省の省会、黄崗は武
漢の東にある小さな街(武漢から日帰り可能)、襄樊は湖北省の北の方にある街、
武当山は、湖北省の西北にあります。黄崗は、蘇東坡先生が朝廷を誹謗した罪を
受けて流罪にあった町で、その当時は「黄州」と呼ばれておりました。

 77,東坡赤壁

 というわけで、趣味の関係でこれを最初に持ってきました(^^;。正式名は確か
赤壁公園……だったかな? 昔、蘇東坡先生が、ここを赤壁と「見立てて」名作
をいくつも残されたために「文赤壁」(西の方は「武赤壁」)の異名を持ちます。
中にはいろんなどう見てもインチキとしか思えない建物がありますが、ここの弱
点は何と言っても「赤壁のくせに長江に面していない」ということでしょう。で
すが、長江の流れの方が変わってしまったのでそれも仕方がありませんね。ただ、
蘇東坡先生の作品を真に受けてここを「本当の三国時代の赤壁だ!!」と言わん
ばかりの展示があるのはどうでしょうか(^^;。(注:くどいようですが蘇東坡先
生は、ここをマジで赤壁と信じていたわけではなく、「赤壁と見立てて」作品を
残されたのです) まあ、いろいろと文句も書きましたが、蘇東坡先生ファンの
当方にとって、一番良かったのはここよりも黄崗に行く途中、渡し船で渡った長
江です。なぜ渡し船かと言いますと、このあたりでは長江に橋が架かっていない
ので、バスごと渡し船に乗せて、長江を渡るのですね。それがいかにも蘇東坡先
生の長江遊びを再現しているようで一人で勝手に興奮していました(^^;。

 78,黄鶴楼

 昔、費イが黄鶴に乗って飛んでいったと言う三国ファンにとってはチョットう
れしい伝説を持つ楼閣。武漢市内にあります。なかなか立派な建物でエレベータ
までついています(^^;。あと、「李白が筆を置いた場所」と言う漢詩ファンにと
ってもなかなかツボをついたスポットなどもあり、いろいろ楽しめます(^^)。

 79,武昌起義軍政府旧址

 ここも武漢市内、黄鶴楼からそんなに離れていない場所にあります。昔、ここ
で起こった反乱が辛亥革命の発端になった……んだったかな? チョットよく覚
えていません(^^;。

 80,古隆中

 ここは、襄樊郊外にあります。襄樊と言う街は、漢江の両岸にある襄陽と樊城
がひっついて出来た街らしく……と言うことは『三国演義』ではかなり離れてい
るように書かれているこの二つの街は実はひっついていたのね、と言う新発見が
出来る街です。いわれは三国ファンおなじみの諸葛亮が隠棲していた場所……っ
て、でも本当はここ以外にも河南省の南陽と言う街も「うちこそが諸葛亮が隠棲
していた場所だ!!」と主張しているのですが……(^^;。当方的には南陽の方が
それっぽい(『出師表』にも書かれているので)と思うのですが、そっちの方に
はまだ行っていません。

 81,武当山

 武侠小説ファンにはおなじみの山ですね。道教武当派の総本山です。ですが、
少林寺のように武術のアトラクションがあるわけでもなく、強そうな道士さんが
いるわけでもなく、「そういう意味では」タダの道観です。ですが、世界遺産に
も登録されており、なかなか大規模で荘厳な建物を持つ道観でもあります。

 今日はここまでとします。次回は、ずっと南に飛んで広州あたりに行く予定で
す。

 ではでは、再見!!

02/11/19(火) 06:36 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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岳陽・赤壁編

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みなさん、こんにちは。

 今回は岳陽・赤壁編です。岳陽は湖南省、赤壁は湖北省にあります。ともに長
江沿いの街です。赤壁市は昔は違う名前(浦なんとかだったっけ?)だったので
すが、今赤壁と改名して、赤壁のある場所と市の中心部はちょっと離れています。
(バスで1時間くらいだったかな?)

 74、岳陽楼

 昔聞洞庭水、今上岳陽楼……というわけで、ここは杜甫の詩などで有名ですよ
ね。今は、公園になっていますが、公園の中に小喬の墓があったりします。まあ、
ここでもいろいろもめて苦情電話をすることになりましたが……(^^:

 75、魯粛墓

 三国人物の墓。解放軍3517工場の中にあります。地元の人はこの墓の存在
は知りませんが、工場の存在は知っているのでまず工場に行ってみましょう。

 76、赤壁

 三国時代の古戦場。思ったよりも川幅が狭かったです(対岸が見える)。崖に
刻まれている「赤壁」の文字は周瑜の手になると言われていますが、当方は怪し
いと思います。あと、蝋人形館などもあって、三国ファンには楽しめるでしょう。

 あと、赤壁には「諸葛亮が風を呼んだ場所」や「ホウ統が住んでいた場所」な
どがありますが、どう見てもインチキなので行っていません。

 ちょっと短いですが、今回はこれで終わりにします。

 ではでは、再見!!

02/07/07(日) 09:54 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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当陽編

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みな さん、こんにちは。

 今回は当陽編です。当陽は宜昌(三峡下りの船は大体ここで降りる)から車で
1時間か2時間くらい東北に行ったところにある小さな町です。ここは、長坂坡
や麦城など三国ファンにはたまらない史跡の宝庫です。

 68.長坂坡公園

 ここは、趙雲が劉備の息子・阿斗を抱えて突進した有名な古戦場を記念して作
られた公園です。公園内にはいろんな楽しい塑像がいっぱいあって三国ファンな
ら楽しめること請け合いです。

 69,関陵

 ここは関羽の死んだ場所の近くでもあるので大きな関帝廟があります。ここの
関帝廟は中国三大関帝廟の一つだそうです。ちなみにほかのふたつ(解州、洛陽)
はすでに踏破済み(って、旅行ばっかりしてないで、勉強しろよ!!って感じっ
すか(^^:)

 70,張翼徳横矛処

 ここは張飛が矛を横たえたところ(多分、橋のたもとにたって叫んだところだ
と思う)です。今は、川の流れが変わってしまって川はありません。(石碑があ
るだけ)

 71,靡夫人像

 ここは当陽の町中から周倉墓に向かう途中にあります。劉備の奥さんで、阿斗
を守るために死んだ方。

 72,周倉墓

 これは麦城村にあります。行ったら閉まっていました。まあ、騒いだら開けて
くれただろうけれど周倉は架空の人物だし、むしろ、下に書く麦城跡の方が大事
なので外から写真を撮るだけにしておきました。

 73,麦城跡

 ここに行くのは苦労しました。土地の人に聞いても言うことが食い違うし……
最後は土地の古老のお世話になりました。今は石碑と土まんじゅうが残っている
程度。それでも当時を思い浮かべるのにちょうど良い環境でしたし、古老の人柄
と相まって忘れられない場所の一つです。(思えばこのあたりからマイナー遺跡
探訪への危ない喜びが目覚め始めたような……(^^:)

 実はすでに夏休みに突入してしまいました。夏休みは旅行しまくる予定だった
のですが、野暮用で帰国しなければならなくなり、あまり旅行はできないでしょ
う。まあ、そんなこんなで連載の方も間が空いてしまいますがご了承下さい。

 ではでは、再見!!

02/06/30(日) 09:14 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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四川省編

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みな さん、こんにちは。

 今回は四川省編です。四川省には2001年七月と2002年5月の二回行っ
ています。二回目の方は、学校の旅行で最近帰ってきたばかりです。

 53,三蘇祠

 ここは蘇東坡先生の故郷四川省眉山市にある蘇東坡先生一家である三蘇(蘇東
坡先生とそのお父様・蘇洵、弟君・蘇轍の三人を言う)を祭った場所です。ファ
ンにはうれしい、蘇東坡先生の母上・程氏と妹君・蘇小妹(架空の人物(^^:)の
像もあります。今は公園になっていて、当方が訪れたときはハスの花が満開でと
ても美しかったです。ちなみに眉山ではタクシーの初乗りが二元でした(^^:。あ
と、ここで売っている『記念蘇東坡誕辰九百五十周年』という小冊子は蘇東坡先
生関連遺跡巡りに必携のバイブルです。

 54,杜甫草堂

 成都市内にある『漢詩紀行』でおなじみの杜甫を記念して作られた公園。草堂
の方まで行こうとすれば中で別に入場券を買わなければなりません。周りに浣花
渓も流れており、当方はその辺を散歩してみました。ただ、浣花渓は現在半ばど
ぶ川化しております。

 55,武侯祠

 ここは元々は劉備の墓でしたが、後に諸葛亮をまつる廟になってしまったとい
う場所です。まあ、入り口には一応「昭烈帝墓」みたいな額が掲げられておりま
すが……。ここは三国ファンにはおなじみでしょう。

 56,青羊宮

 ここは道観です。それ以外はあまり覚えていないのですが(^^:、入場料が一元
と超お買い得だったことだけは記憶に鮮明です。

 57,楽山大仏

 世界遺産になった大仏。何でも以前は世界二位の石刻座仏だったそうですが、
タリバンが一位だった仏様を破壊したため「繰り上げ一位」になった模様。写真
で見ると抜けた顔をしている仏様ですが、実際に見ると意外ときりっとした顔を
なさっております。実は蘇東坡先生もここを通過しており、現存する最初の詩は
ここを詠んだものです。というわけで、「蘇東坡読書処」という楽しい場所も残
されております。

 58,峨眉山

 ここも世界遺産。バスで頂上付近まであがれます。当方は頂上付近しか見てい
ませんが、まさに仙人が出てきそうな山ですね。芥川龍之介の『杜子春』を思い
出しました。

 59,都江堰

 ここも世界遺産。李氷親子が大昔(戦国時代くらいかな?)に作った水利工事
跡。いろいろとガイドさんの説明を聞いていると古代人の知恵の偉大さに感心さ
せられます。風景としてもなかなかすばらしく世界遺産の名に恥じぬ観光地です。

 60,青城山

 ここも世界遺産。何でも五斗米道発祥の地だそうです。でも、何でここで発祥
した五斗米道が漢中あたりに割拠していたのかはちょっとわかりません。ここは
時間の関係でざっと見ただけなのであまり良い印象はありません。

 61,三星堆博物館

 ここは、「目玉ビヨヨ~ン仮面」で有名な出土品を集めた博物館。新しいので
設備が素晴らしかったです。確かに特徴ある出土品が多いのですが、玉壁や玉ソ
ウなどは中原と同じだったような気がします。

 ……と、これくらいですかね。本当は九塞溝が一番のおすすめなのですが、遺
跡ではないので省略します。あと、四川名物である「仮面が変わる劇」は加州花
園酒店とか言うホテルで八時からやっています。(バス停「会展中心」の近く)

 ではでは、再見!!

02/05/26(日) 07:56 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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重慶編

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みな さん、こんにちは。

 少しご無沙汰ですが、今回は重慶編です。重慶は、北京・上海・天津などと並
ぶ中国の直轄市(省の下に属さず、直接国の下に属する自治体)です。料理が辛
いことでも有名ですが、当方も痔になりかけました(^^:。

 62,大足石窟

 ここはバスに乗って行けば重慶市内から日帰りで行けます。世界遺産の素晴ら
しい石窟群……と言いたいところですが、当方は当日体調が悪く余り良い印象は
ありません。旅行の時、体調はとても大切ですね(^^:。

 63,桂園

 毛沢東が蒋介石と会談したときに泊まった場所。毛沢東と蒋介石の唯一のツー
ショット写真はここで撮られました。本当に会談した場所は今解放軍の基地にな
っていて行けないらしい。

 64,曾家岩50号

 戦時中蒋介石が事務所に使っていたところ。桂園とここと重慶市人民政府(戦
時中の政府が有ったところ、パンピー立ち入り禁止(^^:)は近くに有って歩いて
行ける距離です。

 65,三峡下り

 三峡下りは重慶が出発点です。実は来年には三峡ダムのせき止めが始まるので
行きたい人はそれまでに行きましょう。行くんだったら夏がいい(冬は日照時間
が短く、三峡全部見ることが出来ないかも?)と思いますので、今年の夏休みが
ラストチャンス?

 66,鬼城

 三峡下りの途中にあります。よくわかりませんが、この前見たドラマ『新白娘
子伝奇』では、死に神が死人をここに連れて行こうとしていたので、中国人にと
っては特別な場所なんでしょう。まあ、日本人にとってはどうでもいい場所です
がツアーには絶対に入っている場所。

 67、張飛廟

 ここも三峡の途中。どういう訳か張飛の首がこの辺に流れ着いたらしい。ここ
はダム完成後、水没するのでもうすぐ引っ越すらしい。

 あと、三峡には白帝城もありますが、当方が行ったときはシーズンオフのため
見ることが出来ませんでした。旅行会社の人は「行ける」と行っていた上に契約
書にも「行く」と書いてあったのに……(T_T) 旅行局に苦情電話したりしたの
ですがどうしようもありませんでした。

 ではでは、再見!!

02/06/23(日) 16:31 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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甘粛省編

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みな さん、こんにちは。

 今回は甘粛省編です。当方が甘粛省に入ったのは、2000年10月と200
1年6月の二回です。すでに記憶が薄れつつありますが、とりあえず書いてみま
す。

 46,嘉峪関

 ここは嘉峪関と言う街のシンボルともいえる場所です。(名前もそのまんまだ
し……) 嘉峪関は長城の西端と言うことで有名ですが、ここは、長城の出城の
ようなところ。結構面白いです。

 47,長城第一トン

 トンの字は、土偏に敦です。ここは、長城の一番西の端っこだそうです。そう
言う背景もさることながら、山や川があって、風景もなかなかすばらしいです。
(実は最近長城が嘉峪関よりもずっと西に延びていたと言うような話を聞いたこ
とがありますが、この際おいておきましょう(^^:)

 48,懸壁長城

 ここは山に沿って長城が築かれている場所で、なかなかの絶景です。階段を上
るのはちょっときついですが、上からの眺めはなかなかのもの。

 49,莫高窟

 ここは言わずと知れた敦煌名物。中国の三大石窟の一つですが、保存状態も良
く、破壊の跡が甚だしい龍門石窟あたりと同列にするのはどうか……と思えるほ
どすばらしいです(^^:。

 50,麦積山石窟

 天水にあります。ここの仏さんは、何となく西方風ですね。なかなかすばらし
いのですが、石窟の入り口に格子状のしきりがあって、しきり越しに見ることに
なります。最近、ここも入れて「中国四大石窟」と呼ばれ出していますが、「○
大石窟」は最終的にいくつまで増えるのでしょうか?

 51,伏羲廟

 ここは伏羲を祭った廟で、天水市内にあります。……ううん、あんまり記憶に
残っていないのですが、確か八卦図などがあったような……(^^:。

 52,南郭寺

 天水郊外にあります。ここは杜甫関連のお寺で杜甫が詩に詠んだ井戸などがあ
ります。(漢詩紀行にもよくでてくる)

 こんなところですね。個人的には、いろんな出会いなどがあった嘉峪関が楽し
かったです(^^)。

 ではでは、再見!!

02/05/18(土) 23:56 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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上海編

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みな さん、こんにちは。

 管理人様から過去ログの整理についてなどのお知らせがあり、当方も失った過
去ログを取り入れることに成功いたしました。というわけで、「遺跡巡り」久々
の再開です。

 今回は上海編ということですが、実は当方が上海に行ったときは折り悪くAP
ECが開催されていた頃で余園には入れないわ、地下鉄が一部不通になるわでロ
クな事がありませんでした。

 43、バンド(外灘)

 ここは超有名観光地。バンドの建物は外から見てもきれいですが、中に入って
もバブリーな感じです。実はここは当方が尊敬する人物、高橋是清翁関連遺跡で
もあります。

 44,上海博物館

 ここはまあすごいですね。多分中国でも一番の博物館ではないでしょうか。と
りあえず、当方が今まで見た博物館(そんなに多くはない(^^:)の中では一番で
す。とにかく超一流品がずらりと並んでいて、感覚が麻痺してしまって、ほかの
博物館ではあまり楽しめなくなってしまいました(^^:。

 45,魯迅公園

 ここは「青木さんの留学豆日記」にでてきた、と言う理由だけで行ったところ
です。魯迅の像、墓、記念館などがあります。

 結構長く滞在したのですがいろいろあってあまり回れていないですね。まあ、
また行くこともあると思うので、その2をいつか書きたいと思います。もう一度
ローソンのおでんを食べてみたいし……(^^:。

 ではでは、再見!!

02/05/09(木) 23:13 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)

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杭州編

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みな さん、こんにちは。

 どうもご無沙汰しております。当方はこの間日本に一時帰国してHSK高等試
験を受けたり、西安に帰ってきたらネットにつなげなくなっているわ、ネットに
つなげるようになったら、今度は一ヶ月に渡る大旅行に行ってしまうわ、という
ことで、間隔が開いてしまいました。が、その分遺跡も増えましたのでご了承下
さい。――というわけで、久々の連載再開です。

 今回ご紹介する杭州ですが、ここは蘇東坡先生が二度地方官として勤務された
風光明媚な場所です。多分、蘇東坡先生が最も好きだった場所ではないでしょう
か。実は行く前に「本当に杭州に行ったら感動のあまり泣いてしまうかも?」と
思っていたのですが、本当に泣いてしまいました(^^;。

 38,蘇東坡記念館

 ここは西湖の蘇堤の付け根にあります。いろいろと蘇東坡先生の事績を紹介し
ていますが、実は蘇東坡先生の家系図に誤り(朝雲の産んだ子供の名前が「豚」
となっていた。正しくはしんにょうをつける)を発見したので、係員に指摘して
おきました。

 39、蘇堤

 ここは蘇東坡先生が杭州知府として任官されていたときに西湖を浚渫して築い
た堤です。蘇東坡ファン必見の地と言えるでしょう。何でも春に行くのが一番良
いらしいです。(当方は秋に行きました)

 40,龍井

 杭州は龍井茶で有名ですが、ここは龍井村にある井戸で水をかき混ぜると面白
い形の波が発生します。『漢詩紀行』では、かき混ぜると龍が現れるという伝説
が云々……と言っていますが、ガイド(自分が雇ったガイドじゃないけれど(^^;)
の説明を聞いてそれがウソだとわかりました(^^;。

 41,白堤

 こちらは白居易が築いた堤です。蘇東坡先生は白居易に対抗して堤を築いた…
…とは誰も言っていないけれど、当方はそう言う「意識」もあっただろう、と思
っております。

 42,岳廟

 ここは某有名作家先生によると「中国国内人気ナンバーワン」らしい岳飛の廟
です。文革後再建されたらしく、岳飛の像は妙に男前です。あと、かの有名な秦
檜夫妻などの像もあります。

 その他にも「琴操の墓」とか「蘇東坡先生が掘った井戸(こう言うのはあちこ
ちにあるが(^^;)」など蘇東坡ファンとして回るべき場所もあったのですが、時
間的余裕が無く行けませんでした。次回訪問時には是非行ってみたいです。

 次回は上海編を予定していますが、この春節休みがすんだらまた旅行に出かけ
る予定なので、何時になるかわかりません。ご了承のほどを……。

 ではでは、再見!!

02/02/13(水) 19:47 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp

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山西省(+函谷関)編

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みな さん、こんにちは。

 というわけで、今回は函谷関などを含む山西省ほか編です。函谷関以外は山西
省で、函谷関だけは河南省にあります。

 30,関帝廟(解州)

 ここは関羽が生まれたところ……と言うわけでかなり大きな関帝廟です。まあ、
関帝廟よりも桃園結義園と言うようなおまけの遺跡があって、こっちの「腰くだ
け」感が強く印象に残っています(^^;。まあ、解州と言う街全体が「時計の針が
かなりゆっくり進んでいる」と思わせる街でした。至る所に「文革時代の痕跡」
を見ることが出来たし……。

 31,永樂宮

 ここは、かつて高木さんに薦めてもらった元代の建物が残っている道観です。
建物も素晴らしいですが、壁画もかなり見せますね(^^)。あと、ここがダム建設
時に現在地に移転されたものだと聞いて更にビックリでした。まあ、同行者の金
庸ファンは全真教の教祖と弟子達の像に見入っていましたが……(^^;。

 32,函谷関

 ここは潼関と言う街からずーと東に行った街(名前失念)の近くにあります。
すごく立派な建物が出来ていて、江沢民も来たことがあるらしく、江沢民が座っ
た椅子や机などが展示してありました。あまりに立派すぎて、当時のよすがをし
のぶことはちょっと苦しいかも知れません(^^;。また、道教の聖地でもあったら
しく、道教関連の展示もありました。まあ、地形が変わっているため、今行って
も要衝という感じはしませんが、中にあるジオラマを見れば納得できます。が、
疑問に思ったのは、ここ以外に関中にはいるところは本当になかったのか?とい
うことです。他から入ろうとしたらいくらでも入れたんじゃあ……と言う気がす
るんですが……。

 33,風陵渡

 ここを遺跡扱いにするのはちょっと気が引けるのですが、何でも金庸の小説に
出てくるらしい(^^;。同行の金庸ファンがそう言っていました。まあ、今行って
も何にもありません。橋が出来ているので渡し場も残っていないし……。

 その他にも山西省の西側(陝西省より)には司馬光の墓など結構楽しそうな遺
跡があります。以外と穴場かも……。

 ではでは、再見!!

01/11/17(土) 16:46 河村 豊(HQE01543)


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西安周辺編

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みな さん、こんにちは。

 前に西安周辺遺跡のことを書いてから、またいろんなところに行くことが出来
たので、ここにまとめて書きます。

 34,漢陽陵

 ここは例のUFO基地(ピラミッド都市だったか?)です。博物館には「漢景
帝の墓」とか書かれていますが、これは真相を悟られぬようにした宇宙人の陰謀
です。それらしい兵馬俑や副葬品なども展示されていますが、これも宇宙人の陰
謀であることは間違いありません。

 35,城隍廟

 ここは三原と言う町にあります。なぜこんなところに行ったかと言いますと、
学校が連れていってくれたのです。多分、こういう名前の廟はあちこちにあると
思いますが、城隍と言うのはあの世の神様らしいです。ここにも例の岳飛の書い
た(と言われる)「出師の表」が飾られていました。しかも、ここは拓本です。
で、ガイドさんが、「これは岳飛が書いた云々」と言ったそばから「と言われて
いますが、ニセモノで、岳飛がこんなものを書くことはありえません」と訂正し
て回りました。まあ、こっちは日本語で言ったのでガイドさんも気づかなかった
でしょうが……。まあ、引率の先生にはその旨をしっかり説明しておきました。

 36,楊貴妃墓

 ここは有名な美女の墓ですね。『長恨歌』からしょっちゅうパクらせて頂いて
いる当方としては絶対行かねばならぬ場所の1つでした。墓自体は小さいのです
が、例によって余計な付属物がたくさんあって、結構じゃまでした(^^;。

 37,昭陵博物館

 昭陵と言うのは唐太宗のお墓です。この博物館は、昭陵の近くにある李勣の墓
にあります。唐三彩など見るべきものはありますが、展示数が少なめでちょっと
寂しかったです。

 まあ、こんなところでしょうか。ちなみに漢陽陵の部分は冗談ですので信じな
いようにして下さい(^^;。

 ではでは、再見!!

01/11/17(土) 17:11 河村 豊(HQE01543@nifty.xxx

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長沙編

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みな さん、こんにちは。

 ちょっと旅行に出かけていて連載が途絶えてしまいました。旅行は、長沙~張
家界~長沙~杭州~上海と言うルートで行きました。記憶が薄れないうちに長沙
編を書いておきます。

 28.韓玄墓

 中学校の中にありました。規模的には「河村家の墓」と大して変わらないよう
な気がしたくらい小さいです(^^;。この人って、一部三国志マニアの間で有名な
荊州カルテットの一人ですよね。でも、墓には「漢忠臣韓玄墓」とか書かれてあ
りました(^^;。

 29,湖南省博物館

 ここは馬王堆から出たミイラが売り物の博物館です。ミイラや人間の内臓が好
きな人にはお奨めです(^^; それ以外には、死後の世界を描いた和服のようなも
のが印象的でした。

 で、これだけなんですよね。当方の回り方に問題があるのか、長沙では他に何
も見ませんでした。次回は今回の旅のメインである杭州編を書きたいと思います。

 ではでは、再見!!

01/10/26(金) 20:08 河村 豊(HQE01543@nifty.xxx
)

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2003.12.28

12月の紅葉

PC280012.JPGPC280013.JPG

 今日は、南山という山に登った。山と言ってもうちから二時間で頂上まで行って返ってくることが出来る程度の小さな山である。うちは、日曜日に「ヒマだな~、何もすることないし、山でも登るか」と思い立って、二時間後には下山後のおいしいビールが飲めるロケーションにある。

 そんな素晴らしいロケーションにありながら、いや、そうであるが故にあまり山には登っていない。実はここに来て一年になるがこれが三回目の登山になる。ただ、やはり山は登ってみるもので、それなりの収穫があった。一番の収穫は南国の紅葉に出会えたことである。山の上の方に、何本も紅葉した木が見られた。それらの美しさに思わず写真を撮りまくったが、腕のまずさ故、目で見た美しさの半分も表現できていない。ここに駄作を紹介する。

 今日は年も暮れゆく12月28日、日本では冬の真っ盛りに近づきつつあるようだが、南国(中国・深セン)ではこのように秋の風景が楽しめるのだ。南国ならではの「小さな秋」――私の写真の腕さえよければ、皆様にも堪能できたのだが……。

洛陽編(+少林寺)

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みな さん、こんにちは。

 今回は洛陽です。当方が「上洛」したのは今年の6月でした。今回ついでに少
林寺も入れてしまいますが、少林寺は洛陽からちょっと離れたところにあります。

 23,洛陽博物館

 ここはマジですごいっす。何と言っても唐三彩がすばらしいですね。実はそれ
まで内心「唐三彩なんて何がいいんじゃ」と思っていたのですが、当方はここで
唐三彩に目覚めました(^^;。

 24,白馬寺

 ここは中国で最初の寺と言われるところです。でも、インドから洛陽まで布教
してくる過程で、どこか途中にお寺を造らなかったのか?と言うナゾが残るので
すが……(^^;。あと、『漢詩紀行』でよく見る「しょぼくれ馬」もちゃんといま
した。

 25,少林寺

 ここは拳法で有名な寺ですな。運が良ければ少林寺拳法のショーを見ることが
出来ます。あと、達磨さんもここで修行されていたようです。ここではお賽銭を
入れずに拝んでも、お坊さんがお鈴を鳴らしてくれます。(注:拝むときは中国
方式でないとお鈴を叩いてくれません) ちなみに白馬寺では
お賽銭を入れてからでないとお鈴のサービスはつきませんでした。

 26、関林

 ここは関羽の首塚があるところです。三国志ファンにはおススメの遺跡ですな。
当方的にはもうちょっと土産物屋さんが充実していれば……と想いました。

 27,龍門石窟

 ここは北魏~唐あたりに作られた(らしい(^^;)石窟ですが、かなり破壊され
ています。メインの武則天レプリカ仏はしっかり残っています。この仏さん、写
真で見ると優しそうなお顔をされていますが、実際に見ると随分ときつそうな顔
に見えます。(ちょっと武則天を彷彿とさせる(^^;) で、思わず「この仏さん
は写真うつりが随分と良いんだなあ」と思いました。

 まあ、当方が行ったのはこれくらいですか。他にも杜甫の生家などもあるよう
なのですが、このあたりは帰る頃になってやっとその存在に気づいたため、行っ
ていません(T_T)。

 ではでは、再見!!

01/10/07(日) 16:02 河村 豊(HQE01543@nifty.xxx
)

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2003.12.27

陝西省その他の地域編

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みな さん、こんにちは。

 というわけで、マイナー遺跡の宝庫・陝西省その他の地域編です。とは言え、
まだあまりまわっている訳ではありません。かなり楽しそうな漢中もまだ行って
いないし……。

 あと、実は最初の頃遺跡を連番にしていたことを今頃になって思い出し、とり
あえず数えなおして、新たに連番にしておきました(^^;。

 19,華山

 ここを遺跡とするかどうかは意見の分かれるところでしょうが強引に入れてし
まいます(^^;。日本人観光客はあまり行かない山ですが、中国ではかなり有名で
す。当方はこの山を「エレキングマウンテン」と命名しました。また、渡辺さん
と一緒に行って「渡辺華山」とか言ってみるのも良いかも知れません(^^;。

 20,党家村

 ここは山西省との境近くにある韓城と言う町のそばにある村で、明清時代の建
物(四合院)がたくさん保存されている貴重な場所です。何でも昔は金持ちの村
だったらしく、たくさんの子弟が高官となり、北京にふるさとの町と同じような
建物を造ったのが北京の四合院の始まり……とか言うのはちょっとウソ臭い話だ
けれども、雰囲気もなかなか良くて、お奨めの観光スポットです。(ただ、ガイ
ドが中国人なので、中国語が出来ないとちょっと苦しいかも)

 21,司馬遷墓

 これも韓城にあります。何でもここが司馬遷の故郷だったとか……。同行者は、
「風景が良かった」と言うことで満足していました。余談ですが、韓城と言う町
は司馬遷で町おこしをしようとしているのか、町中に司馬遷関連と思われる地名
などがあって、結構楽しかったです。「司馬遷大学」とか「司馬遷広場」とか、
メインストリートは「太史公大街」だし……。司馬遷大学は、卒業時にナニをち
ょんぎらなければ学位を授けない……というのは冗談です(^^;。でも、ちょっと
留学してみたいかも?(留学生を受け入れていない可能性大ですが)

 22、龍門

 ここは黄河沿いの地名(韓城の近く)でして、洛陽にある石窟とは違います。
何でも昔はかなりの難所だったらしく、「ここをさかのぼることが出来る魚は龍
になれる」ということから、「登竜門」と言う言葉が出来たそうです。……で、
それだけです。ここを遺跡とするかどうかは、あなたの判断にお任せします(^^;。
(ここも風景は素晴らしかったです)

 ……とまあ、こんなところですか。また、ヒマになったら続きを書きます。

 ではでは、再見!!

01/10/05(金) 01:42 河村 豊(HQE01543)

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宝鶏編

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みな さん、こんにちは。

 話のネタにでも……とはじめた連載(?)ですが、ついにメジャー観光地西安
近辺を離れ、マイナー遺跡の宝庫……というか、日本人観光客はほとんど行かな
いのでは?と言う気がする宝鶏にやってまいりました。ちなみに「宝鶏」は、西
安の西汽車で三時間くらい行ったところにある都市で「ほうけい」と読みます。
日本語で読む場合の読む場合の注意点は「4声+軽声」で読むことで、決して
「2声+1声」で読んではいけません(^^;。ちなみに中国語では「bao3ji1」で
あります。

 1,鳳翔東湖

 鳳翔とは宝鶏から北に行ったところにある小さな町で実は蘇東坡先生最初の任
官地であります。というわけで、ここは蘇東坡先生を記念して作られた公園です。
説明書きに一部間違いがあったり、喜雨亭と凌虚台が並んで建っている(普通に
考えるとあり得ないロケーションです(^^;)など、お茶目な部分もありますが、
蘇東坡ファンには納得の遺跡です。

 2,宝鶏青銅器博物館

 ここはマジでお奨めスポットです。かなり質のいい青銅器がずらりと並んでい
ます。青銅器ファンなら誰でも時間を忘れてしまうでしょう。

 3,金台観

 ここはいろいろと噂になっているナゾの人物・張三ポウが修行していたと言わ
れる道観です。道観ならどこにでもあるんですが、ここにも華陀の像がありまし
た(^^;。

 4,五丈原

 ここは諸葛亮と司馬懿が戦った古戦場であります。宝鶏からずっと東に行った
「眉県」と言うところにあります。ここにも例の岳飛が書いたと言われる「出師
表」があって、おみやげやさんの奥さんが「拓本を買え」と言うものだから、思
わず中国歴史MLで仕入れた知識を元に「これは岳飛が書いたものだと言わ
れているが、本物ではない」と言ってやりました(^^;。

 まあ、他にも炎帝の墓とか太公望が釣りをしていた釣魚台などもありますが、
どっちも「どう考えてもニセモノ」なので行っていません(^^;。

 ではでは、再見!!

01/09/23(日) 22:36 河村 豊(HQE01543)

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西安市内編

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みな さん、こんにちは。花の都は長安の西安交通大学という一流大学に語学留
学している三流留学生こと河村であります。

 というわけで、今回は西安市内編。そろそろワケの分からないマイナー遺跡が
出てきます(^^;。

 1,秦襄王陵

 動物園の東にある「地元の人は『韓信の墓』と勘違いしているが、本当は『伝
荘襄王陵』で、ホントのホントは『孝文王陵』かも知れないナゾの墓」です(^^;。
(詳しくは中国歴史ML過去ログ参照) 当方が行ったときは、ゴミ捨て場のよう
なところを通り抜けねばならず、かなり苦しかったです。

 2,大雁塔

 ここは超有名……なだけに土日休日に行くと人が一杯であると思われます。当
方は、平日に行ったのでとても静かでいい雰囲気を味わえました(^^)。なぜか蘇
東坡先生や王羲之の拓本を売っていました。あと、精進料理屋らしきものも見つ
けたのですが、入っていません。

 3,城壁

 明代に作られたもので今や西安のシンボル。お金を払うと上まで登らせてくれ
るらしい。
(後日談)
城壁の上にカートが走っていて、お金を払うとかなり遠くまで連れて行ってくれます。私も乗りましたがなかなか楽しかったです。


 4,碑林博物館

 ここは、いろんな石碑がたくさん集まっているところ。書道に関心のある人に
は垂涎でしょう。あと、三国志ファンにも「司馬懿のお父さんの事績を記した石
碑」などがあり、結構楽しめるかも?
(後日談)
三国志といえば、蔡ヨウの書いた書道作品もあったような……。あと、石刻美術館もあり、ここには仏像や画像石などが展示されていてなかなか面白いです。

 5,陝西省歴史博物館

 ここは昔から清代くらいまでのものを古い順番に展示してある博物館です。こ
こは日本で見たことある「アレ」や「コレ」が置いてあります(^^;。噂によると
永泰公主墓の壁画(本物)がここに保存してあり、200元払うと見せてくれる
らしいです。(昔は無料だったらしい)

 6,青龍寺

 弘法大師が修行されていたと言う「日本人しか行かない」遺跡です。日本から
寄贈された「ソメイヨシノ」が植えてあり、そういう意味でも日本人にとっては
貴重な場所です。(他の場所にも桜は有りますが、全て八重桜です(T_T))

 7,興慶公園

 ここは、昔、唐玄宗と楊貴妃が住んでいたという場所。交通大学の北にありま
す。李白の詩に出てくる沈香亭なども再建されています。阿倍仲麻呂記念碑も有
ります。

 ……とりあえずこれくらいかな? あと、小雁塔・曲江・秦二世皇帝墓なども
行きたいのですが、まだ行っていません。もし、行きましたらまたレポートする
かも知れません。

 ではでは、再見!!

01/09/16(日) 09:13 河村 豊(HQE01543@nifty.xxx

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西安東線編

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みな さん、こんにちは。

 当方は、花の都は長安の西安交通大学と言うところに語学留学しておりますお
じさんです。こっちに来てからは、留学生という身分を存分に利用していろんな
史跡を巡ってきました。で、話のタネにでも、ということで、記憶に残っている
史跡を以下に紹介します。

 1,半坡遺跡

 ここは、有名な石器時代の遺跡です。ここには学校が企画した日帰りツアーで
行きました。実は当方、あんまり石器時代に興味が無くて強い印象がないのです
が、なぜか「人体の秘密館」と言う脈絡のない展示があって……そこの印象の方
が強烈でした(^^;。

 2,華清池

 ここは白居易の『長恨歌』でも有名な場所ですね。ここには二回行ったのです
が漢詩好きな当方としては結構好きな遺跡です。「入れば美人になる」と言う湯
泉があって、有料で湯泉に入ることもできます。

 3,兵馬俑

 ここも二回行きました。まあ、西安に来れば必ず行くであろう「お約束遺跡」
ですね。ここで当方がとやかく言うことも無いでしょう。ちなみにここでのお奨
めは兵馬俑コスプレ写真です。このコスプレ写真は、「皇帝や官女の格好をする」
というようなありきたりのものではなく「兵馬俑のきぐるみを着て撮影する」と
言うぶっ飛んだものです。まあ、当方が見た感じでは、「兵馬俑」と言うよりは
「はに丸」という感じです。はじめて実際に人がやっているのを見たときは、お
もわず「ばかすぎる~」と叫びながら大笑いしてしまいました(^^;。
(後日談)
その後五回くらい行きました。門から入って左側には映画館があり、10分くらいの短い映画が放映されています。その映画館の裏には、五星級という触れ込みのトイレが出来ました。あと、門から入って右手にある銅車馬館の2Fで時々展示(他の地域から回ってきたもの)をやっているときがあります。


 ちなみに以上の三つと始皇帝陵(まだ行ったこと無し)をあわせて「東線」と
言いまして、「西線」と並ぶ二大西安観光ルートです。当方が友人を連れていっ
たときは、華清池と兵馬俑で一日終わってしまいましたが、大体これで一日観光
コースと言われています。「東線」を観光するときは、路線バス(306、30
7路)がありますので、それを利用すると良いと思います。

 ではでは、再見!!

01/08/18(土) 23:16 河村 豊(HQE01543)

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西安西線編

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みなさん、こんにちは。

 と言うわけで、今回は西安の西に連なる一連の遺跡群です。この西線には残念
ながら東線のような便利なバスがなく、まとめてみるのはタクシーをチャータす
るかツアーに参加するかしかありません。当方は中国人ツアーに参加したのです
が、どちらかと言えばタクシーの方をお奨めします。(値段は張りますが)

 4、咸陽博物館

 ここは小さい兵馬俑(漢代)とひとこぶラクダの唐三彩が印象に残っています。
後は……何があったっけ(^^;?

 5、茂陵

 ここは漢の武帝の墓です。ここに霍去病の墓とかもあるのですが、ツアーに参
加していたため登る時間がありませんでした。ツアーの弱点はここにあります。
見たいものを思い切り見ることができないのです。(そのくせ変な遺跡とか土産
物屋とかにはたっぷり時間をとる(^^;)

 6、乾陵

 ここは武則天と高宗がまつられている墓です。ガイドさんの話によると皇帝二
人が1つの墓にまつられているのはここだけだそうです。まあ、ここは超有名な
無字の碑とか首なしの使節像などがあります。本で見たものを実際に見ることが
出来るというのもいいものですね(^^)。

 7、法門寺

 ここは仏舎利があることで有名なお寺です。道路工事中だったので本来は行く
予定ではなかったのですが、ツアー参加者の中に熱心な仏教徒がいまして、道無
き道を行く羽目に……(^^;。まさに「セガラリー」の世界でした。これはこれで
楽しかったのですが、仏教徒たちは、菩薩に感謝はしても一生懸命がんばったガ
イドさんには全く感謝していませんでした(^^;。で、肝心のお寺ですが、なかな
か雰囲気があって良かったです。……が、後日博物館など結構重要な場所を省略
されていることを知り、「もう一度行く遺跡」に加えられることになりました。
これだからツアーは……(^^;。
(後日談)その後、ここには二回ほどいきました。博物館はかなりおすすめです。展示物はきんきらきんでなかなか豪華でした。

 あと永泰公主の墓なんかも行ったのですが、「入って出てきただけ」と言う感
じです。ガイドさんの中国語もちょっと離れた場所で聞いていたのでよくわから
なかったし……(^^;。

 というわけで、今日はこれまで。次回は西安市内編を予定しております。

 ではでは、再見!!

01/08/23(木) 15:53 河村 豊(HQE01543)

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はじめに

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 中国遺跡巡りは、私が中国史メーリングリストというところに連載している文章です。一応一つの遺跡に短かめのコメントをつけるという方針でやっています。そのため、情報源としてはかなり物足りない内容になっていますが、こんな遺跡があるよ、という紹介程度に受け取ってください。

 また、メーリングリストを読んでいない人にはわかりにくい文脈も少々ありますし、古くなったことにより、現在の情報と食い違う部分があるかも知れませんが、その辺はお含み置きください。

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2003.12.24

今日は誕生日

birthday.jpg
 今日は、私の誕生日である。外国に暮らす私にとって、誕生日を過ごすにあたって二つの方法がある。一つは、自国の習慣に則って誕生日を過ごす。もう一つは、この国(中国)の習慣に則って、この国でしか出来ない方法で誕生日を過ごすことである。

 今日は私にとって、40回目の誕生日。やはり、この国でしか出来ない方法で祝うのがよいであろう。

 というわけで、私は、ケンタッキーフライドチキンに向かった。この国では、誕生日にファーストフード店に赴き、紙製の帽子などをかぶる習慣があり、これは我が国にはないものだ。

 店で私が誕生日を迎える身であることを告げ、紙製の帽子をもらった私は、何故か怪訝そうに私を見つめる店員や周りの客をよそ目に記念撮影をした。さらにそうやってうれしそうにしていると、店員がなんと私にプレゼントを渡してくれた。

 なんという優しい態度であろう。私は、この国の人々の暖かさに触れたような気がした。

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