西安西郊外墓中心編
みな さん、こんにちは。
お久しぶりです。今回の遺跡巡りは西安の西郊外に広がる墓中心で行きます。
西安の空港から西安市内に向かう高速道路沿いには「ビラミッド都市」ならぬ墓
通りとも言うべき古墳密集地帯がありますが、ここも含め西安の郊外は有名人の
墓の宝庫です。
115,班固墓
扶風県にあります。『漢書』を書き上げたお方の墓。手元の資料では、『漢書』
は、「断代史体」となっていますが、なんのこっちゃようわかりません(^^;。
『史記』とはスタイルが違うのでしょうか? ちなみに墓ですが、今は畑になっ
ています。石碑(それも現代に再建されたもの)があるくらいの状態です。
116,周原遺跡
ここは、周の都があったところ。建物の跡(礎石)などが残っています。宝鶏
の北にあり、手元の写真には「時代・西周」とあります。
117,馬援墓
これも扶風県。班固の墓よりは立派な石碑が一つあるきりです。馬援といえば
海南島の三亜の天涯海角公園(この『遺跡巡り』では省略)にも馬援の像があり
ました。
118,蘇武墓
武功県にあります。ここは、農家の庭先のようなところ。しかも、やはり畑の
中だったりする(^^;。
119,武功塔
同じく武功県。手元の写真では、報本塔となっています。いつの時代の塔かは
よくわかりませんが、それなりに立派な塔です。まあ、こういうのは西安の周辺
にはごろごろしております(^^;。
120,周陵
ここは、手元の写真を見ると石碑の裏に「文武成康四王之陵及周公太公墓」と
書かれていますが、当方は「武王陵」と「文王陵」しか記憶にありません。写真
にも残っていないし、他の三つの墓はどこにあるんでしょうか(^^;。ちなみに二
つの墓は規模的にはかなりでかいです。
121,双塚
ここは、西安から咸陽に向かう途中にある例のピラミッド都市群の一つです。
ここに行くと、人の墓に穴掘ってヤオトンという洞窟風の家を作って暮らしてい
たバチあたりを通り越して「度胸千両・無法松も裸足で逃げ出す感じ」な中国の
方々の痕跡が見て取れます。さすがに今住んでいる人はいないようですが……。
蕭何の墓という触れ込みに釣られて行ったのですが、蕭何の墓と名乗っている場
所はもう一つあるようです。どうでもいいけれど、蕭何って、名前が「何」なん
ですね。なんかナニな感じ……(^^;。
……今回はここまでですが、以上の遺跡は一日で巡ったものです。(当日、こ
れ以外にも行った場所はありますが、あまりにも意味がないので省略(^^;) こ
れくらいの組み合わせはいくらでも組めるのが西安の強みですね。
ではでは、再見!!
03/04/27(日) 10:41 河村 豊(HQE01543@nifty.ne.jp)
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