今回の一連のことで、国旗とか国歌とか愛国心について書きたくなりました。
日本では、「学校で国旗や国歌の教育を強化すべきだ」「世界の中で日本ほど愛国教育や国旗国歌の教育をおろそかにしている国はない!! 実にけしからん!!」という意見があります。また、「近頃の社会秩序が乱れているのは、愛国教育がなっていないからだ」という人もいます。
留学というものをしていると、いろんな国の人と知り合いになれるわけで、そうやって知り合ったいろんな国の人、または、この中国の状況を見て、私はそういう意見に違和感を持つようになりました。
留学したときに知り合ったイギリス人。彼はとてもいいヤツでした。ある日、彼に「イギリスの国歌を歌ってくれ」と頼んだことがあります。すると、彼は、恥ずかしそうに「実は歌えないんだ」と言いました。彼によると、イギリスでは学校で国歌を教えることもなく、歌えないと言う人も結構多いそうです。そのとき、私の傍らにいた友人が「じゃあ、オリンピックの選手なんかはどうするんだ?」と聞いたら、「たぶん、試合の前に練習していくんじゃないか?」というお答え。練習しなければ歌えないと言うことは、一般的知識・教養の中に含まれていないと言うことですかね。
韓国の国歌は、長すぎて最後まで歌える人は少数だ、という話も聞いたことがあります。
あるベルギー人は、会話の授業で「愛国心など、持つべきではない」と言いました。彼女の主張は「ヨーロッパの歴史は戦争の歴史だ。戦争によって、数え切れない人の命が失われた。戦争というのは、愛国心や民族主義が生み出すものが多く、もし、そういうものがなければ、これらの人々は死なずにすんだのだ」というものです。先生の「しかし、愛国心と言っても、それが戦争になるものとならないものがありますよ」という質問に対しては「じゃあ、それをどうやって区別するのですか?区別できない以上、そんなものは持つべきではない」と、答えました。
私にとって、彼女の意見はすごく新鮮でした。まあ、完全に同意するものでもないし、これがベルギー人のすべてを代表する発言でもないでしょうが、戦争に明け暮れたヨーロッパ、そして、その中のベルギーの位置を感じさせる発言のように思えました。
私が一番よく知っている外国は中国です。中国では、愛国教育がバリバリに行われています。小学校の時から、政治が科目としてあり、大学院の受験でも、必須です。この政治というのは、日本の科目のように、衆議院の議席はいくつで、通常国会がなんたら~というような内容よりも、共産主義がいかにすばらしいか、祖国を愛しなさい、祖国のために命を張って戦いなさい、とか言うような内容に重点が置かれています。つまり、こんな計算や論理で導き出せないような内容を学校で教えて、テストして成績をつけ、入試科目にもなっているのです。ただし、「政治」はつまるところ、暗記科目です。国家に役に立つすばらしい美辞麗句、または、模範的な小論文のひな形を暗記するだけです。
国家に貢献する人物はすばらしい人物でしょう。そのような行動はなかなかできるものではありません。しかし、「暗記」は誰にでもできます。将来、高官になって賄賂をもらって、ばれそうになったら外国に逃げよう……なんて、考えている人でも、「暗記」だったらできるのです。いや、そういう人物であればあるほど、必死になって「暗記」するでしょう。そして、事実、そういう教育を受け、愛国心に満ちあふれているはずの党員のみなさまの行動は……。
私の見たところ、国家として積極的に愛国を奨励している体制下で愛国を叫ぶ人の多くは、本当は自分のことしか考えていません。彼らのおおくは、大勢の善良な国民をだまして、甘い汁を吸おうとしているだけです。また、国の体制がそういうものであれば、それが現実に可能です。そして、現実に可能である以上、そのような人物は、必ず愛国を叫ぶようになります。
国がきっちりとしていれば……人はその帰属集団=国を自然に愛するようになるのです。学校というのは、通常、政府が運営しているものですよね。つまり、国家の側が、「俺を愛せよ」と盛んに国民に訴えようとしているわけです。それも、判断力がなく、影響を受けやすい子供たちに……。そんなことをする前に、まず、相手を愛し、その結果を相手にわからせなければ、その相手はあなたのことを好きになってくれませんよ。
あと、「社会秩序」について。愛国心旺盛な中国人が構成するこの社会の秩序は……ry。戦前の日本も社会秩序がきっちりしていたとは思いませんけどね。(まあ、この辺は生まれる前だから、文献や聞き取りなどによる推測ですが)
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