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2004.11.08

海外の日本人

 これは以下の記事に対するトラックバックです。

海外出稼ぎ者の毎日

 ちょっと前にイラクで誘拐された若者について書きました。あのときは、わたくしの書き方がまずく、わたくしの言いたかったことがうまくみなさまに伝わらなかったようですが、上記の記事を見て、「これなんだよ、これ」と思いました。

 この記事は、仕事で中東のある国に滞在していた人が危険な目にあったが、日本政府は何もしてくれなかったと言う話です。こういう仕事で海外にいて、どうしようもなく危険な目に遭ってしまった人は見捨てるくせに「イラクで何が起こっているか見てみたい」とかいう人の場合は、緊急対策本部まで出来てしまう……何か矛盾を感じるのはわたくしだけでしょうか? 実はこういう話はほかにも結構あるような気がします。

 まあ、命は大事なものだし、平等だし、日本人の生命財産を守るのは日本政府の努めなんだろうけれど……だったら、こういう人も同じように助けてあげられないのでしょうか?

 まあ、わたくしの場合はあきらめていますけどね。「海外では自分の身は自分で守ると言う気持ちで」って、完全に「海外安全情報」(NHKワールドが放映している外務省とタイアップしているっぽい番組)の受け売りですけど、そういう気持ちのひとかけらもあれば、あんなことには……。

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Comments

「中東のパリ」と言うとベイルートで、これはレバノンの話でしょう。
レバノンの革命は1974年なので私も河村さんも小学生の頃です。私も記憶には無いです。
小学生の頃に「外国」への援助を聞いたのは「バングラディシュに募金しよう」くらいだったかも。

イラン革命当時の状況と今の状況を一緒にするのは、ちょっと
無理があるんじゃないかな?
イラン革命当時、他国のように自衛隊が海外に出動できていたら
もちろん政府は助けたやろうね。それができなかったのは、日本
は軍隊なんか持たなくていい、っていう世論が強かったからだと
思うけど。安全でない地域に飛行機飛ばせるのは軍隊だけで
あって、普通の輸送機に迎えに行けというのは無茶やろう。

自衛隊派兵については賛否両論分かれるところやし、もっと
法整備も(憲法改正も含めて)議論する余地が多いと思う。
でも、今の日本なら同じ状況で飛行機出すんじゃないかな。
少なくとも、米軍に依頼するくらいのことはすると思うけど。
自国民を保護するのに、他国を頼るしかないのは何とも情けない
話やけどね(例の人質事件を含めて)。

日本政府が邦人の生命と財産を護るのは当たり前。でも、その
当たり前のためには軍隊が絶対必要やということを今までタブー
視してきた。そのツケが現在までに至っているんやと思う。

こんにちは
6.4(89年天安門事件)の頃上海に留学してました。
上海は北京程状況は酷くはなく、
邦人強制帰国という事にはなりませんでしたが、
欧米系留学生達がチャーター機で香港に脱出、
一夜にして彼らがいなくなり、
中東、アフリカ系と、北の首領様の国と、
日本人だけが取り残された時は
流石にやばいなーと思いました。
つか上海の人たちも不思議に思ったかも。
日本人未だいるかと...。
(韓国は中国と未だ国交が無かった頃です)
皆で身を寄せる様にラジオジャパンを聴き
北京からの帰国者のインタビューを聴き
かなり焦り、領事館に掛け合い
「私は日本人ですので、宜しくね」的な紙切れを貰いました。
それだけです。勿論役に立ちませんでしたが。
日本ってこーいう国なのだと思わせた、私の原体験です。
当時、唯一の生情報はラジオという状況から比べると、
現在は海外にいても、
インターネットでたやすく情報を入手出来ますが...。

岸上さん:

中東のパリはベイルートなのですが、シャー国王、宗教革命、てこぎ船でクエートはどうもイランっぽいですね。「中東のある国」という風に書き換える予定です。

功成さん:

今、同様の事件が起きて、日本政府がどのような対応をするかはわかりませんが、どうも他の先進国と比べると国民を守ると言う意識が弱いような気がするのはわたくしだけ?

わいわいわいさん:

貴重な体験談、ありがとうございました。安全だった上海から香港へのフライトですら飛ばさなかったんですね。これは思ったよりひどいです。

....すみません。「シャー」はペルシア語でした(^-^;)。
テヘランも「中東のパリ」だったそうで。
訂正してお詫び申し上げますm(_ _)m。

イラン革命は1979年でしたので、私らは高校生ですね。
ソ連のアフガン侵攻もこの年の終わり頃。この直後の産経新聞の
一面記事に「アフガンの次はここ」と北海道の海岸部の写真を
載せてまして、以後産経は取らなくなりました....。

いえいえ、わたくしもこの件でいろいろググって勉強になりました。レバノンって、かなり悲惨な運命を背負わされた国だったんですね。アラファトさんさえ来なければ……って、そのアラファトさんもお亡くなりになりました。何はともあれ、一刻も早く平和な世の中になって欲しいものですね。

政府に国民を護る意識が薄いのは、私もそう思いますよ。
最近、多少はましになってるとはいえ、他の「普通の国」
に比べたら、全然だめです。
早く海外の日本人が安心して自国の政府を信頼できるように
していきたいですね。

そうですね。その一方で「海外では自分の身は自分で守る」という海外安全情報精神(?)も必要でしょうね。どこにいても、安全に対する注意を怠っては行けませんです。

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