カタカナ日本語では伝えたいものは伝わりませんよ
先月は時節柄いろんな偉い人のありがたいお話を拝聴させていただく機会がたくさんあったのですが、わたくしのような人間には、外来語、特に英語の多さが耳につくんですよね。
例えば「コミットする」などと言われてもどうにもイメージがわかなくて走れメロスの主人公のような気持ちには絶対になれないのです。危機感を強調するようなお話を拝聴してもその中に英語が入っていますとどうもおしゃれでかっこいい印象が先行してしまい危機感以前のように感じられてしまうのです。
例えば経営理念のような大事なものを英語にされてしまいますと「日本語を母語とする人間が日本語を母語とする人間に自分の考え方を伝えるのになぜこんなことをしなければならないのだろう」と思ってしまい、結局は「なんかよくわからないけどかっこいいことをしゃべっている自分像」を伝えることがこの人の目的なんじゃないだろうかと下衆の勘ぐりをしてしまうわけです。
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