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2016.05.19

外国語を学習するということ

今日は外国語の勉強について書きます。

私の場合は、中国語の勉強と言うことになるのですが、外国語の勉強と言う意味ではある意味共通項というのがあると思います。

まず言えるのは、才能のあるなしというのは絶対にあります。才能のある人は、少し勉強しただけでもすごく上達が早いです。逆に才能のない人は、がんばってもがんばっても報われないという厳しい部分が明らかに存在します。

世間的には「努力するものは報われる」や「走った距離は裏切らない」などと言う名言が聞かれますが、それは残念ながら万人に通用するものではありません。才能のない人が、才能のある人と競い合おうとすれば、自然と倍あるいは4倍の努力が必要とされ、ときにはそれすらも無意味であったと言う結果に終わることも多々あるでしょう。

それでは、才能のない人は勉強する意味がないのかといいますと、わたくしはそうは思いません。わたくし自身も才能のある方だとは思っておりませんし、今まで何回も天狗の鼻を折られた経験を持っています。それでも一生懸命に頑張ってこられたのは、「努力して自分の力が伸びていくことを実感する」--これが非常に楽しいものだったからです。

さて、才能のある人はごく1部です。ほとんどの人は才能がありません。そういう人にとって、外国語を習得すると言う事は、非常に長い時間をかけて、非常に多くの量の学習をしなければならないと言うことになります。英語をはじめとして外国語をペラペラと喋っている人を見かける機会があると思います。もしかしたら「かっこいいなぁ」と思うかもしれません。また、わたくし自身もそういうふうに感じられてきていたのかも知れません。しかし、その背景について思いをいたす事は少ないのではないでしょうか。外国がペラペラになると言う事は、才能のない人にとっては、非常な努力を重ねてきたと言うことです。

さらに帰国子女について書きます。帰国子女は何かと特別な扱いを受けがちです。特に語学の学習については「あの人は帰国子女だから」と言われがちです。わたくしも留学生時代に帰国子女的な方と机を並べて勉強したことがあります。わたくしはその時にその方を特別扱いすることはありませんでした。同じ土俵に立っているライバルとして見ていました。そして、全然叶わない悔しさを味わいました。何故かと言うと、その人がどのような環境で暮らしたとしても母国語でない言葉をゼロから学び覚えたという過程には変わりはなく、それがまるで何の努力もなく手に入れたもののように思ってしまうのは他人の浅はかさでしかないからです。その人が外国語を習得したと言う事は、才能のあるなしと言う条件はあるにしろ、その裏に非常な努力の積み重ねがあった事は間違いのないことです。それは環境がどうのこうのという問題ではありません。結果としてその人が積み上げてきた努力をまるで無料で手に入れたかのように言う考え方にわたくしは絶対に賛同できません。

色々と書いてしまいました。まだまだこれ以外にも思う事はあります。機会を見つけてまた書きたいと思います。

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