この詩について、最も印象的だったことは、吉川英治先生の名作『三国志』に出てきたことです。「三国時代に李白という意外性」はさておき、今日は別の話です。
この詩で次に印象的なところは、「十四為君婦」から始まる部分です。導入部を過ぎて、ここからこの詩の構成が変わります。最初に「十四」「十五」「十六」と年齢が入り、その後「為君婦」「始展眉」「君遠行」が、それぞれ入り、この部分はその一節(その年)の標題のような役目を果たしています。
この中で一番すごいのは、「十五」の段です。
(①)十五始展眉(②)願同塵輿灰
(③)常存抱柱信(④)豈上望夫臺
①は上で述べた通り、この部分の標題のようなものです。②と③は、ほぼ同じような内容で意味的には、ここがセットになっています。
いつも言っている通り、漢詩の基本は二句で1セットです。ただ通常の1セットは、「上の句+下の句(韻)」のセットですが、ここでは韻を跨いでしまっています。ここに違和感が残ります。ここは、「十四」の段のように同じ意味の句を畳み掛けても問題はありません。が、李白の答は「豈上望夫臺」でした。
結果的にこの句が、クライマックスへの繋ぎとなり、さらに予告編の役割を果たします。
李白が本当に描きたかったのは「十六」以降の情景であり、「十四」と「十五」は、ホップステップジャンプのホップとステップなのです。そして、「十六」に向けての思い切った踏切が「豈上望夫臺」なのです。
いや〜、この詩いいなぁ。上手いよなあ。何回読んでもあきませんね。
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