中国語梁山泊(その3)
http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2021/08/post-f429d0.html
さて、我々五班の残党は結局留学生の教室を放り出され、本科生の授業を聴講するという羽目になってしまいました。そこで、本科生たちがどういうレベルの勉強をしていて、どういう態度で臨んでいるのかもわかりました。例の三国志の話で一席ぶったのもこの頃の話です。http://zuiyue.air-nifty.com/blog/2012/10/post-d903.html
その聴講生生活も長くは続かず、その学期の終わる前にまた五班が再結成され、我々は元の語学留学生に戻りました。
それからです。中国語のバケモノみたいな兵が、次から次へと集まってきたのです。バケモノたちは、途中から始まった学期と次の学期にかけて、少しずつ集まってきました。
ベルギーの市役所で通訳をやっていたという元プロの女性とか、残留孤児の家族で中学生まで中国で育ち、日本に来た帰国子女とか、とにかく、どうやったらこんなすごい面子を集められるんだというくらい壮壮たる中国語好漢たちが集まってきました。
自分が留学していた大学は、どちらかというと、理系の教育に力を入れていて、中文系の先生が「ウチの図書館には『三国演義』すらない」と嘆いておられたくらいです。だから、語学留学生の教育など多分金儲けの一環くらいにしか考えてなかったと思います。事実自分が来た頃の留学生のレベルはそれほど高くなく、いきなり1番上のクラスに入れられて拍子抜けしたくらいです。
それなのに急にバケモノたち(以下「好漢」と略称)が集まってきたのです。しかも、それ以降は好漢レベルの学生はやってこなかったみたいです。自分の中国語に対する情熱が彼らを呼び寄せたのか、好漢たちの情熱が自分を呼び寄せたのかはわかりません。しかし、そういう不思議なことというものは起こりうるのです。例えが適切であるかどうかはわかりませんが、藤子不二雄が同じ高校に通っていたり、二代目若乃花と隆の里が同じ村から二子山部屋に入門したりと、そういう好漢級の人たちというのはなぜか集まってくるものなのです。
取り止めのない文章になってしまいましたが、あの中国語梁山泊にいた日々、自分は輝いていたし、あのメンバーの一員であったことは、自分の人生の宝だし、誇りであります。
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