神戸の人だった話
これは今年(2025年)の七月の話です。
司法書士試験の当日、わたくしは試験会場である甲南大学に向かっていました。その途上で、何箇所かバス停を見かけたのですが、そこには神戸の市バスのマークがありました。そのマークを見た時、反射的にすごく懐かしい気持ちが湧き上がって来ました。この気持ちは、とても好ましいもので、とても安心するような気持ちもありました。
そこでこの気持ちについて考えていたのですが、結論として、わたくしは神戸の人間なのだなぁということです。わたくしは、子供の頃は神戸市東灘区で過ごし、5歳の時に明石市に移住しました。正直言って、神戸のことはほとんど忘れているのですが、どうも心の深い部分ではまだ神戸への帰属意識、のようなものが、自然と根付いていたようです。というか、わたくしという人間を形作っているのは、多くの部分が5歳までの神戸で過ごした日々なんだと思います。だから、あの市バスのマークを見た時、ほぼ反射的に懐かしく思えたんだと思います。
わたくしが記憶しているわたくしの人生は、明石移住後のものがほとんどであり、自分は明石の人間だという意識がありました。明石の人間からすると神戸は都会で、人気があって、少し妬ましいというか、そういう劣等感すら意味をなさないくらいの差があって、忸怩たる思いを抱いていました。また、その神戸を冠するヴィッセル神戸の応援をしていくにあたって、その神戸への複雑な思いが少し邪魔をしている部分がありました。
しかし、この経験を通じて、わたくしは神戸の人間だったんだ、ということを意識しました。少なくとも、神戸で生まれ、神戸で育った人間なんだということが自覚できました。記憶はほとんどないけれども、神戸で培われた成分がしっかり自分という人間を形作っているのだ、ということを実感できました。
もちろん、明石で過ごした日々も自分を形作る大きな要素ではあるでしょう。でも、「神戸成分」も無視できない大きさで存在するのです。
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