王孫帰不帰
送別
王維
山中相送罷,日暮掩柴扉。
春草明年綠,王孫歸不歸?
この詩のことは以前にも書きました。最近、AIを使って新しい事実が判明したので、記録します。
それは最後の部分です。ここは前にも書きましたが、現代中国語の口語でも使われる疑問文の構造をとっており、漢詩としてはちょっと違和感が残る部分でもあります。そこで、AIに聞いてみたのですが、このようなV不Vの形は、いわゆる漢文には存在しない、というか「いわゆる現代中国語の『V不V』という文法化された反復疑問文とは、同じものではないと考えたほうがよい」とのことです。漢詩は「詩語」で書かれなければならないので、漢文に存在しない文型を使うのは御法度です。ただ、そういう御法度も時には許されるのも漢詩であり、そういうゆるさが漢詩の面白いところというか、複雑なところでもあります。
そして、AIが言うには、V不Vという疑問形は、唐代の口語にも見られない、というか、現存する資料では唐代にそういう表現があったということは確認できないということだそうです。この形は、宋代や元代、明代の白話体の文章には見えるそうですが、それ以前にはなかったと思われる、ということです。(逆に「能飲一杯無」のような「V否・V不」的な形の疑問文はあった)
つまり、AIの結論としては、王維はこの部分をいわゆるV不Vの疑問文として書いたものではなく、肯定と否定を繋ぎ合わせただけであるということです。それは、五言という字数の制限と絶句という平仄や韻の制限が背景にあり、それに適合しつつ、疑問文を作るという必要性に駆られて創作された言い回しであるというわけです。
まあ、よく考えると「帰不帰」とした時点で、韻に使った「帰」をもう一回使うという「良い子は真似しちゃダメ」な事態になっているわけですが、これは上にも書いた漢詩独特のゆるさということで許されるのでしょう。
まあ、そんな茶々はともかく、王維って本当に天才ですね。文法にない文章を書いて、それがかえって人々の心に沁みるフレーズになっているわけですから。
最後にわたくしは、AIに反論しました。AIは、上記対話において、「作者は帰ってくるかどうかわからない気持ちを書いた」と言いました。しかし、わたくしの理解では「作者は『王孫』が帰ってこないことを知っていたが、帰ってきて欲しいと心から思っていたので、このような形にして呼びかけたのだ」と思います。
この部分は、『楚辞・招隠士』の下記の部分を踏まえたものです。
王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。
ここを上記のように書き換えることで、王維は「帰ってこないだろうけど、帰ってきて欲しい」という切なさを表現したのだと思います。どうです? 心に沁みませんか?
以上は、AIとの対話から判明したものであり、事実かどうかはわかりません。多分、大学の偉い先生でないと本当かどうかは判別できないでしょうね。


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