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2023.01.30

観測史上最強寒波


来る前は「10年に一度」とか言われていましたが、知らん間に「観測史上最強寒波」となっていました。


その日は、カラオケの予約を入れていました。妻がドタキャンしたので、お一人様になってしまいましたが、楽しく歌って、飲んでいい気分でお店を出ましたらこの有り様でした。


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翌日、日も高くなってから、健康自転車活動を行いました。ところどころがアイスバーン状態になっておりましたが、肩の力を抜いて心静めて切り抜けました。なんだか昔自動二輪の免許を取った時の「一本橋」を思い出しました。


そんな「観測史上最強寒波」下での生活でした。

2023.01.18

高校の英語について

わたくしが高校生だったころ、英語教師から「英語は後ろから訳せ」と言われたことがありました。当時はわたくしもまだ子供だったので、その言葉に疑問を感じなかったのですが、今から考えるとあれはとんでもないことだったと思います。

もし、それを真に受けた学生に「後から訳す」などということが習慣づけられたとしたら、その学生は英語を意思疎通の道具として使うことはできなくなるでしょう。なぜなら、英語は全て頭から読むように作られており、ネイティブも、いや、ある一定以上の力のある英語学習者も、みんな頭から読んでいるからです。逆に言うと、くだんの英語教師はその「一定以上の力」すらなかった可能性が非常に高いと言えるでしょう。

思えば、その程度の人間に偉そうにされ、毎日バカにされていたのかと思うと、自分が子供だったとはいえ、本当に許しがたいことだったと思います。

「英語は頭から読め」「英語は英語として聴いて読んで、英語として理解して、英語として書いて話せ」というごく当たり前のことを教えてくれた教師は一人たりともいません。ちなみに、外国語学習において、上記のような習慣を身につけることができなかった学生は致命的な遠回りをさせられることになるでしょう。そして、現実として、わたくしたちは致命的な遠回りをさせられました。あの悪い習慣のおかげもあって、中学から数えて6年間も学習して、英語を意思疎通の道具として使えない学生ばかりでした。6年間も時間をかけて、わたくしたちは、「英語でない何か」を勉強させられていたのです。

そして、その「英語でない何か」を習得できたものだけが社会的に成功できると多くの人が信じていました。事実、今の社会を支配しているのは、その「英語でない何か」を習得した連中なのでしょう。

幸いなことにわたくしはその「英語でない何か」に自分をはめ込むことをしませんでした。おかげでその後中国語に出会ったとき、「後から訳す」などという変なことはせずに頭から読むようにして、できるだけネイティブに近いスピードのヒアリング教材を求めました。そして、学習歴四年でHSK8級(当時)を取りました。その後、中国に渡り、日系企業で通訳、翻訳などをこなしました。

もし、わたくしがあの英語まがいのニセモノを偉そうにおしつけてきた教師もどきたちの忠実な学生たりえたら、外国語の習得など、夢にもありえないことだったでしょう。わたくしにとって、幸いだったのは、あの教師もどきたち(特に高校)に人間的魅力などかけらもなく、尊敬させるものも全くなく、英語まがいのニセモノに少しも染まらなかったことです。

2023.01.04

成長のある人生について

人間にとって最も不幸なことは成長がなくなることだと思います。逆に幸せなことは成長があることです。他人と比べるのではなく、以前の自分と比べて成長を感じることが幸せなことです。

前の会社にいた時、上司が「50歳を過ぎてまで勉強したくない」と言っていました。その時わたくしはまだ40代でしたのでピンと来なかったのですが、今、ほぼ60に近い年齢で、わたくしはまだまだ勉強して、ギラギラしております。

お金はありませんが、夢があります。今日はダメでも明日は今日より成長します。こんな幸せなことはありません。

2023.01.02

やっぱり変わり者

わたくしは高校時代まで、周りから変わり者だと言われていて、自分でもそう思っていました。しかし、学校を出て、社会で働くようになって、だんだん自分はごく普通の人間なんだと思うようになりました。寧ろ、学生時代は平凡な自分をごまかすためにワザと奇をてらっていたのだと思うようになりました。

ところが、やはり最近周りの人とは違うところがあると思うようになりました。特に「みんなと同じようにする」ということが大嫌いです。何かをする理由として、「みんなと同じようにする」ということを言い出したら、それはただの思考停止です。それをすることが良い何かの理由があって、それがたまたま「みんなと同じようにする」ということになるのならいいのですが、それもなく、「みんなと同じようにする」という理由でものごとを決めるのなら、それはもう「思考の敗北」でしかありません。

ところが、周りを見るにどうもこの国のみなさんは、「みんなと同じようにする」ということが目的化してしまっている残念な方が多いように思えます。

価値観の違いといえばそうなんでしょうが、わたくしはそういうのが嫌です。

2022.12.22

末の松山浪越さじとは

最近書いた漢詩の技法の件もあり、和歌にも少し興味があります。そこで、百人一首などに触れているのですが、この間見たこの一首にびっくりしました。

最初は「松山」という言葉に引っかかりまして、愛媛県かと思ったのですが、調べてみるとこの「松山」よりも「浪」の方が意味が深く、津波のことだそうです。要するに津波が来ても「末の松山」を越すことはないということです。

この手の話は東日本大震災のときに聞いたことがあります。「ここより下に家を建てるな」と書いた石碑のことなどです。当時はいわゆる地元の古老などが語り継ぐ説話のようなものというイメージでしたが、百人一首に載るような立派な和歌にそのような言葉を見たことにびっくりしました。

つまり、教訓は「語られていた」だけでなく、書き残されていたのです。

こういう古典を大事にしていきたいですね。

2022.12.15

ストレスについて

ドロップハンドル車はお蔵入りとなりましたが、ママチャリ車で健康自転車生活を続けております。その中で、ちょっとしたことがありました。

コースの中に自動車修理屋さんの前を通る部分がありました。そこは我らが明姫グリーンロード沿いでありました。その自動車修理屋さんの敷地は2ヶ所あり、歩道沿いで隣接していました。片方は駐車場でもう片方は工場です。で、車が工場と駐車場の間を行き来するときに歩道を通っていました。勿論、運転される方は、安全に注意して、徐行されていましたので、一度たりとも危険を感じたことはありません。なので、わたくしもその自動車修理屋さんの存在にどうとも思うことすらありませんでした。

ところが、その自動車修理屋さんがこの度稲美町に移転されることとなりました。それから、その跡地を通るたび、胸がすっきりする心地よさを感じるようになり、実はあの自動車修理屋さんの存在がわたくしにとって大きなストレスであったことに気づきました。

言いたいことは、大したことないと思っていても、実は大きなストレスであることがあると言うことです。わたくしは、幼い頃から貧乏暮らしである意味我慢強いのかもしれませんが、知らず知らずのうちにうちに大きなストレスを溜め込んでいる可能性が高いです。

これからは我慢せず、ストレスの素になりそうなものを潰していきたいと思います。我慢は毒です。

まずは、身の回りの掃除から始めるつもりです。

2022.11.16

むくみ問題続報1

むくみ問題の続報です。

あれからいろいろ試してみましたが、決定打となる対策はなく、唯一「自転車を必死で漕ぐ」というのが僅かばかり効果がありました。とはいえ、効果は足に骨の線がうっすらと見えるくらいの程度に過ぎません。

そうこうしているうちにある日「健康守りたい診断」という健康診断を受けて、かかりつけ医の先生に「徐脈があります」と言われました。ここではじめてむくみの原因がわかりました。

つまり、徐脈だったのです。徐脈の原因は、降圧剤だと思います。それまでは、朝の健康自転車生活でドロップハンドル車を一生懸命に漕ぐことで、徐脈に負けない心臓を持っていたのですが、諸般の事情によりドロップハンドル車をお蔵入りにしたことで、心臓が弱体化し、このような結果となってしまったのです。

以上が、今のところの考察です。今はとにかく勉強して、絶対来年の試験に合格し、心置きなくドロップハンドル車を漕げるようになれるようがんばるだけです。

2022.11.08

罵詈雑言のことなど

罵詈雑言というか、世の中には自分が不機嫌になると、その不機嫌を他人にぶつけようとする人々がいます。ぶつける相手は往々にしてその人が「自分より弱い」と思い込んでいる人です。(ただ残念なことにそれも往々にしてそうとも言えないんですがね) それを自分とは全く関係のない第三者にやる人は犯罪者予備軍です。なので、身近な人にやる、しかも、反撃できない立場の人にやるのが多いのですが、残念ながら、身近な人にそれをやるとなんらかの形で返ってくるのも早いです。このようにして、不機嫌が再生産されていくのです。結論としては、こういう人には近づかないのが一番なのですが、なかなかそういうわけにもいかないのも世の常です。

ただ、これらの罵詈雑言も、よく聞いてみると役に立つこともあります。相手はマウントを取ろうとして、いろんな言葉を投げかけてきます。大抵はくだらない人格否定の言葉であり、こういうのは相手にしないのが一番です。ただ、時々その中に自分では気づかない弱点が入っていることがあります。自分のことは自分が一番わからないのが世の常です。本人は単にマウントを取ろうとしているだけなのですが、外の視点から見た自分の弱点が入っていることがあるのです。

例えば、わたくし自身の場合、自分の外観を全く気にしない性格なのですが、そういう罵詈雑言の中にわたくしの外観を客観的に批判する言葉などがありまして、すごく参考になることがあります。

わたくしが彼の国で働いていた頃にも、やたらわたくしに絡んで来るローカル幹部がいました。彼は実に無能な人物でしたが、他人をバカにしたり、くさしたりすることに自分の人生の全てを捧げたような人間で、わたくしにもたくさんの批判の言葉を投げかけてきました。そのほとんどはくだらない人格否定などでしたが、中に客観的に見たわたくしの間違いが入っており、時々役に立つこともありました。

とはいえ、だからといって、人格否定のシャワーに飛び込んでいくべきだとも思いません。そういう小人とたくさん触れ合ってしまうと恐ろしいことにその影響を受けてしまうということにもなりかねません。

近づかないのが一番です。

2022.10.24

2022年10月1日第一学院オープンスクールなど

長男が中3になり、高校進学を迎え、いろいろ探しています。この日は、第一学院の三宮校に行ってきました。行ったのは自分と長男と長女です。長女は家でブラブラしているのもアレなので、来年から通信制高校に通わせるつもりです。

オープンスクールの感想は、まあまあで、N校とあまり変わらないなあ、というのが正直なところです。

その日はオープンスクールが1番のイベントだと思っていましたが、むしろその後に寄ったゲームセンターの方が印象に強く残る1日になりました。せっかく三宮に来たのだから、ゲームセンターにでも行こうとなったのですが、自分の記憶の中にあったゲームセンターは尽くなくなっており、結局阪急三宮西口付近のゲームセンターに行きました。

そこはゲーセンとは言っても、以前のイメージとは全く違う場所でした。いわゆるビデオゲームは一台もなく、あるのはクレーンゲームとプリクラだけという、、、せめて太鼓の達人くらいは欲しかったのですが、そういうゲームのないゲーセンでした。

その中で親子3人で何をやったかというと、クレーンゲームです。狙ったのは、長女が好きな初音ミクのフィギュアです。自分は大声で「おっしゃ!行け行け!」てな感じで思いっきりはしゃぎながら、熱くなっていました。こうやった方がクレーンゲームは楽しめるからです。結局、千円札三枚とちょっとで初音ミクを取ることができました。

まあ、ちょっとお金がかかってしまったけど、盛り上がって楽しめたので良かったと思います。

2022.09.16

佐々木朗希選手を見にいった話

ロッテの佐々木朗希選手を見に行った話です。多分、近年のうちにメジャーに行ってしまうのは確実なので、日本にいるうちに子どもを連れて、見に行きたいと思っていました。やはり、160キロを超える速球というものを一度でいいから見てみたいですよね。

そこで、ずっと彼の登板履歴を追いかけました。今年の8月は毎週水曜日に登板していました。今年の8月の水曜日でオリックスロッテ戦でオリックスホームなのは、17日のほっともっとフィールド神戸での試合だけです。前日の午後5時に17日の予告先発が確定しましたので、ほっともっとフィールド神戸の座席を3つ予約しました。これも、オリックスのなんちゃら会員とかに登録させられたり、結構大変だったのですが、結果として、ここでクレジットカード決済にしたことが、あとで手続きが簡単になることになります。

さて、17日の当日ですが、家を出たとき、雲行きがあやしく、ちょっと不安でした。JR西日本の新長田で神戸市営地下鉄に乗り換えると地下に潜り込むので、もう空は見えません。総合運動公園駅までに途中で地上に出るのですが、そこで見たのはバケツをひっくり返したような雨でした。学校のグランドが田んぼみたいになっていて、この時点でだいたい諦めがつきました。

総合運動公園駅に着くとオリックスのユニフォームを着た方々がどんどん改札からホームに向かっています。ここで完全に諦め、ネットで調べると試合は中止とのこと。この時心配だったのは、チケットの払い戻しと電車賃の払い戻しでした。総合運動公園駅で降りずに新長田駅に戻って、地下鉄の代金は全額払い戻しを受けました。ほっともっとフィールド神戸のチケット代は、なんちゃら会員になっていたのがよかったのか、何もしなくてもクレジットカードの記録が消えました。

というわけで、結局160キロの速球を見ることは叶わなかったのですが、新長田に帰って来たら、雨も小降りになっていたので、晩御飯を食べることにしました。いろいろ探して、最後は回転しないお寿司屋さんに入りました。そこは、香港の飲茶のような注文方法で、表に欲しい数量を書いて店員さんに渡すだけで注文できる店でした。値段は結構したのですが、味は良かったです。子どもたちにとっても、こちらの方が良かったかもしれません。

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