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2006.02.05

微山島編

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 微山島は、山東省と江蘇省の省境に近い場所にある微山湖という大きな湖に浮かぶ島です。どうも昔は、湖は無かったらしいのですが、黄河の氾濫や川の流れの変化などを受け、湖になってしまったようです。

 ここに行った主目的は、張良墓に行くこと。ここは、沛県の博物館(歌風台)で見つけ、「遺跡が遺跡を呼ぶ醍醐味」と書きましたが、同じやり方で見つけた遺跡(非開放地区)に行って逮捕されたこともありますので、要注意です(笑)。

242.微子墓
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 ここは殷紂王のお兄さんであった微子の墓です。ちょっとマイナーな人物ですが、中に詳しい展示があり、どういう人だったかはよくわかる仕組みになっております。中に展望台があって、3元払えば上れるのですが、登ってみたは良いけども、展望台がぎしぎしきしんで怖かったため、展望を楽しむことができませんでした(笑)。微山島の微は、微子がここに封ぜられたことから来ているようです。

243.張良墓
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 言わずと知れたメジャー人物の墓。しかし、帰ってきてからネットで調べると張良の墓と言い張っているのはここ以外にも河南省(開封)、湖南省(張家界)などがあるようです。一応このあたりに封ぜられたと言うことでゆかりの地でもあるし、本物でなくても、良いんじゃないでしょうか。ここは、お寺さんと碑林(現代書家の石碑が山ほどある)と一緒になって「微山島文化園」というような施設になっています。

 微山湖は、山東省にあり、面積1200k㎡と琵琶湖(679k㎡)より大きい湖です。ここはかなり辺鄙な場所なので、行くのはちょっと大変です。わたくしは、徐州からバスで行きました(行くより帰る方が大変でした)。ちなみに、ここが開放地区かどうかは、わかりません(笑)。

 これで今回の旅についての遺跡は終わりです。また、機会があれば遺跡巡りをしたいと思います。

沛県編

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 沛県は、徐州から西北に車で一時間あまり行ったところにある田舎町です。ここは、漢の高祖・劉邦の故郷であり、また、三国時代は、劉備、曹操、呂布、袁術あたりが小競り合いを繰り返したところでもあります。

239.歌風台
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 ここは、劉邦が故郷に錦を飾り、大風歌という詩を詠んだとされる場所です。今は立派な建物が建っていて、一階は博物館になっています。博物館では、劉邦の一生を詳しく解説してあります。が、展示してある文物は数えるほどしかありません。わたくしは、ここで微山島に張良の墓があるという情報をキャッチしました。まさに遺跡が遺跡を呼ぶ……遺跡巡りの醍醐味ですな。

240.射戟台
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 ここは、呂布が戟を射て、劉備と袁術の戦を仲介した場所。このエピソードは正史にも載っていますから、呂布は本当に武術に優れた人物だったのでしょう。わたくしが行ったときはアベックが何かをしていたようですが、わたくしが行くとすぐにどっかに行ってしまいました。まあ、あっちは人に見られると都合の良くないことをしていたようですが、こっちは正々堂々たる遺跡巡りです。(とかっこつける程のことでもありませんがw)

241.泗水亭公園
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 地図を見て、泗水亭公園というのを見つけました。こう言うのを見てピンと来なければ遺跡巡りはできません(南京では白鷺州公園を見逃してしまったのですがw) 泗水亭と言えば、劉邦が最初についた官職の泗水亭長を連想させ、「ここには何かある」と思わせるものがありました。で、行ってみるとただの動物園(笑)。まあ、4元という安い入場料でヒグマや虎を見ることが出来たのは収穫でした。なんて思って見ていると、「漢班固高祖泗水亭碑銘」という石碑を発見。漢文なのでよくわからないが、何となく「漢の班固が、劉邦を記念して泗水亭碑というのを作った」という感じで、それを近年、復活させたようです。

 わたくしが沛県に行ったときは、旧正月シーズンで、レストランも多くが休んでいて、ご飯を食べるのが大変でした。雪も積もっていたけど、それだけに普段あまり見られないものを見ることが出来たかな、と言う感じです。

常州編

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 常州は、南京から車で1時間くらい東に行ったところにある田舎町です。ここは蘇東坡先生が土地を買い、余生をすごそうとしていた街です。しかし、罪を許され海南島から常州に戻ってきた蘇東坡先生は、結局この地でご逝去されました。(というか、自分が買った土地までたどり着けなかった)

 そういうわけで、この地は蘇東坡先生の巡礼者にとっては欠かせない地でもあります。わたくしの蘇東坡先生を巡る巡礼の旅もここに至ってほぼ完了したと言っても良いでしょう。

238.東坡公園
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 ここは、蘇東坡先生を記念して作られた公園です。日本ではマイナー人物ですが、中国では広く尊敬されているため、蘇東坡先生が足跡を残した地には必ずこういうものがあります。ここには、蘇東坡先生が常州に上陸した地点(ウソ度80%)、蘇東坡先生が硯を洗った池(ウソ度99%)、蘇東坡先生が月に問うた亭(ウソ度120%)などがあります。ここは、運河に面していますので、ここでゆっくり運河を行き来する船(積載オーバーで半分沈みかけているものも多いw)をマターリと眺めるのも良いでしょう。

 常州は、蘇東坡先生(当時の中国は隅々まで回った)が、余生を過ごす地として選んだ場所ですから、当時は過ごしやすい街だったと思われますが、今はただの田舎町です。個人的には、これで重要な場所はほぼ回った(門前払いの半山亭を除くw)ということで、うれしいような寂しいような感じでした。

南京編(2)

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  久しぶりの遺跡巡りは、二度目の南京から参ります。

 231.半山亭
 海軍指揮学院の中にあります。わたくしは、門前払いを食らいました。海軍関係のコネがあれば入れるものと思われます。ここは蘇東坡先生と王安石が歴史的な会見をした場所なのでどうしても行きたかったのですが仕方ありません。

 232.武定門公園
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秦淮河のほとりにある公園。ここでは城壁の断面を見ることが出来ます。このあたりの城壁は、100%煉瓦でできていたことを知りました。今までこういうものは、中は版築、外は煉瓦だと思っていたので結構新鮮でした。わたくしは、杜牧の雰囲気を味わうために夜に行きましたが、なかなか良かったですよ。

 233.明孝稜

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 明初代皇帝洪武帝(朱元璋)のお墓。この人、農民から皇帝に上り詰めた人ですが、皇帝になった後、知識人を弾圧するなど、ちょっと毛沢東的なんであまり好きではありません。ここも世界遺産と聞いてちょっとビックリしました。

 234.孫権墓

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三国時代の呉の初代皇帝孫権の墓。ここは、孝稜の向かいにある公園の中にあります。この公園は、付近の老人の憩いの場となっているようで、ここを探すために何人ものおじいさんに道を尋ねました。でかい孫権の像があって、「これが墓だ」と言われましたが、墓と像は別物だと思います。でも、これ以外に墓らしきものは見あたりませんでした。

 235.石頭城

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 孫権が作ったと言われる城壁。赤土の版築でできた城壁ですが、外側に石ころがちりばめられています。一部、中まで削られている部分があり、そこを観察することにより、城壁の中の方には石がなく、普通の版築であることがわかりました。(写真参照) 石ころは、外面を強化するためにちりばめられたものなのでしょう。入場料も何もない遺跡ですが、こういう推理を楽しむことができて面白かったです。

 236.江南貢院

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 昔、科挙の試験場だったところ。夫子廟の近くにあります。わたくしが持っているガイドブック(ちょっと古い)には、博物館があると書かれていましたが、今はやっていないようです。とりあえず、門の前で写真だけ撮りました。

 237.中華門

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 南京の城壁で一番大きな門だそうです。ここの城壁は断面から判断するに中は版築外は煉瓦という構造のようですね。門のところが三重になっていて、なかなか面白い形をしています。

以上、南京は二度目ですが、帰る直前に白鷺州公園というのが李白の詩から取ったものであることに気づき、「また来よう」と思ってしまいました。

2005.10.09

遺跡ネタ切れ

 今日古丕編をアップしましたが、これで今まで回った遺跡で書ける遺跡は全部書き終わりました。厳密に言うと北京とか(八達嶺、十三稜以外はほとんどみた)まだうpしてない遺跡もありますが、デジカメ画像がないので止めておきます。

 それにしても、我ながらよく遺跡を回ったものです。会社に勤めるようになってからは、留学生時代とは違って、なかなか自由に旅が出来ないんですが、また、どこか巡ることができましたら、書き足していきたいと思います。

 このブログを始めた動機が「遺跡巡り置き場」でしたから、これでブログ開設時の目標は達成できたことになりますね。ちなみに行きたい遺跡は以下の通りです。

 1.東北地方……203高地とか、沈陽の故宮など。東北三省は、未踏です。
 2.チベット……ポタラ宮などの寺院。承徳でニセ物をみて、ホンモノをみたくなった(笑)
           ここも未踏。
 3.雲南省・貴州省……遺跡がらみじゃないけど、面白そう。(未踏)
 4.南京=上海間の各都市……ここは遺跡の宝庫。鎮江とか無錫とか常州とか。
                    2~3週間くらいはここでつぶせます。(蘇州以外未踏)

 個人的には今の会社を首になったら、4の地区の会社に勤めて、4地区の遺跡を巡りまくりたいと思っていますが……クビになるのはイヤですね(笑)。

 今後は、遺跡以外の話題中心になりますが、今後とも『中国遺跡巡り』をよろしくお願いいたします。

古丕編

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古丕は、徐州の東北にあり、昔は下丕と呼ばれていた古い町です。今では単なる農村ですが、昔は、三国時代に劉備や曹操や呂布が割拠した場所であり、また、任侠(ごろつきヤクザ)時代の張良がこのあたりをうろうろしていたらしいです。

227.[土已]橋

名前は忘れましたが張良がおじいさんの投げた靴を拾ったと言われる橋。いまは、ぼろぼろで崩れかかった橋があるだけです。

228.留侯祠

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上の橋の近くにある、張良をまつった廟。割としっかりした廟で、張良の一生を描いた彫刻作品などがあります。

229.白門楼

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呂布が死んだところ。「こいつが一番信用ならんのじゃー」と死ぬ前に呂布が劉備を罵ったシーンは三国志の中でも名場面の一つ(正史にもあります)ですが、今は石碑があるだけ……というか、あるはずの石碑すら倒れているような状態でした。風景はなかなか良かったです。

230.運河

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徐州と言えば運河……でもないんですが、このあたりを杭州の当たりから続いている運河が流れております。で、この写真は、丕県という街で撮りました。

2005.10.08

徐州編

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今では田舎町ですが、昔は交通の要衝として栄えていた(らしい?)徐州。今では誰も注目しませんが、三国時代当たりはホットなスポットだったらしいです。わたくし的には蘇東坡先生が知府(知事)をつとめていた場所と言うことで実に感慨深い土地でもあります。漢の高祖劉邦の出身地でもあります。と言うわけで、意外と遺跡が多い徐州編、いってみましょう。

220.獅子山兵馬俑

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徐州市街の西北部にあります(うろ覚え記憶モード)。始皇帝の兵馬俑と違ってミニチュアサイズのかわいい兵馬俑です。

221.獅子山西漢楚王墓

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漢代のお墓。穴の中に入っていくことが出来、結構面白い場所です。

222.快哉亭

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蘇東坡先生の友人が作った建物に蘇東坡先生が快哉亭と名付けた……と言うだけで未だに公園として残っております。徐州の町中にあります。

223.黄楼

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蘇東坡先生が徐州知府のおり、洪水から徐州の街を守り、その記念に作った建物。どう見ても現代に再建されたものですが、当時陣頭指揮を執って頑張った蘇東坡先生に対する徐州人民の感謝の念が伝わってくる場所です。(徐州市内)

224.戯馬台

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項羽が閲兵したとか言う場所。項羽関連の展示がたくさん見えます。個人的には、虞美人と項羽のなまめかしい絵が気になりました。(ここも徐州市内)

225.雲龍山公園

この中にもたくさん蘇東坡先生関連遺跡があります。ここに来て、蘇東坡先生が酔って寝た石という石に寝転がらないあなたは蘇東坡ファン失格です。(これまた徐州市内)

226.徐州博物館

大したことなさそうな博物館ですが、展示品はなかなか面白いものがたくさんありました。今すぐには思い出せないのですが(笑)、それなりに満足できたような気がします。また、こういう地元博物館は遺跡巡りの情報収集スポットとして欠かせない存在であることを注記しておきます。(雲龍山公園の向かい)

南京編

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南京は一度行ったきりで、しかも、中国人ツアーで見て回るという絶対にやってはならない失敗を犯してしまったため、どこをどう見たのかよく覚えていません。たぶん、またいく機会があると思いますので、その時にでももっと肝心な場所をじっくりと見てきたいと思います。

216.中山陵

ZHONGSHANLING

孫文の墓。規模的には、始皇帝陵よりでかいんじゃないかと思うくらいでかいです。こんなばかでかい墓は革命の志士には似合わないと思うのですが……。

217.夫子廟

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孔子廟、このあたりはかなりにぎやかです。この中に博物館があってかなり面白かった記憶があるんですが、はて?

218.天下第二泉

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ここはどっかの公園の中でした。どういうわけか陸遊の像がありましたので肩をもんできました。

219.烏衣巷

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南京で漢詩ファンが必ず訪れるであろう場所。昔、漢詩紀行のビデオで見た尋常百姓家は、今では様子が変わっております。ヘンな博物館まで出来ており、王謝一族の暮らしを今に伝えている……のかは疑問に残るところです。博物館にはどういうわけか、クイズを書いた紙がたくさん貼ってあり、正解者には商品をと書いてあったので、クイズを解くことにばかり熱中して展示物はほとんど見ておりません(見事商品2個ゲット)

蘇州編

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蘇州は二度いきました。一度目は、中国人ツアーでいきましたので、肝心なところはテキトーに流すというような見方しか出来ませんでした。ですので、二度目は自力で見て回りました。

208.獅子林

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太湖石がこれでもか、と言うくらいにある庭園。乾隆帝が「真有趣」(マジおもしれー)と書いたのをまわりの大臣が「それではあんまり下品では……」というわけで、「有」の字を取って、「真趣」(真のおもむき)と変えたという「真趣堂」の由来が面白かったです。

209.怡園

1874年に作られたそうですが、それでも蘇州園林の中ではもっとも新しいものだそうです。なかなか見事な庭園でした。

210.蒼浪亭

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『戯説乾隆』に出てきた庭園です。それだけの理由で蘇州に来てまず最初にここに来ました。

211.蘇州船遊びコース

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勝手にこう名付けましたが、蘇州駅から虎丘まで船で行くことが出来ます。これは、観光客向けのものですが、水の都蘇州の船遊びを彷彿とさせ、すごくおすすめです。

212.虎丘

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中国の斜塔があるところ。それ以外にも夫差の剣が埋められていると言う剣池など様々な歴史的スポットがあります。斜塔はなかなか味があり、おすすめです。

213.拙政園

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ここは蘇州庭園の中で一番かも知れません。あまり庭園に興味のない人は、ここだけ見てすませても良いでしょう。(逆にここをみて、かえって庭園に目覚めるかも?)それくらい良かったです。

214.寒山寺

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例の詩で有名。鐘をつくことが出来ます。

215.楓橋

fengqiao

ここも例の詩で有名。この橋のたもとで泊まったら「楓橋夜泊」を達成できたのですが、そう言うサービスは無かったようです。

周荘編

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周荘は、上海郊外にある古い町です。昔ながらの町並みが残っており、なかなか情緒のあるところです。わたくしは、ここにある民宿みたいなところで一泊しましたが、なかなか情緒のある部屋に泊まることが出来て満足でした。

206.澄虚道院

CHENGXU

ここは昔の劇場のようなところ。今でも観光客用にパフォーマンスをやっていました。

207.迷楼

MILOU

清代にここで革命について密談していたらしいです。そんなことはどうでもいいんですが、周荘は、こういう建物がたくさんあるし、水路があって船に乗れるし、すごくおすすめな場所です。写真と資料が少なくて、これくらいしかご紹介できないのが残念なくらいです。

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