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2022.11.28

蝋燭有心還惜別替人垂涙到天明

和歌に掛詞という技法があります。まぁ、一種のシャレ言葉のようなものなのですが、一つの言葉に複数の意味を持たせるみたいなものです。

で、かつて、漢詩を作っていた頃、まぁ偶然なのですが、一つの言葉に二つの意味を持たせることができたことがありました。その時、密かに「これは日本人である自分にしかできない技法だ」などと思って一人悦に入っておりました。

ところが、最近、唐の時代にこの技法を使った人がいることを発見しました。それは杜牧さんで、標題はその部分です。とても画期的な技法だと思うのですが、その後、この技法が継承発展されることはなく、単発の余技みたいになっているのが残念です。

自分としては、この技法を発展させていきたいという野望を持っていますが、今は漢詩を作るなどという心の余裕がありません。また、いつか漢詩を作れるようになればいいですね。

2022.10.02

春草明年緑王孫帰不帰

現代中国語の文法に肯定型と否定型を並べて疑問文にするというのがあります。

初学者のころ、ニフティサーブなどのパソコン通信でいろんな人と交流しており、その中にこの疑問型について、「行くの?行かないの?」みたいな厳しい問い方に感じるというご意見が書かれていました。このご意見には、当時から少し違和感を感じていたのですが、自分の中ではなんとなく「この用法は口語的だな」という印象をもっていました。

それが実は『唐詩三百首』の中にこの用法がありました。標題は、王維の五言絶句の抜粋です。つまり、少なくとも唐の時代にはあったということです。王維の五言絶句にあるということは、この用法は多分文語なんでしょう。要するに自分がなんとなく思っていた「口語的だな』という感想は間違いでした。

あと、「厳しい問い方」という前述のご意見も、この五言絶句全体に流れる牧歌的な空気から完全に否定できます。この詩の最後の部分、疑問文の形をとっておりますが、むしろ願望というか、実現不可能な願いというか、そんな思いを感じます。感じられるのは、厳しい問い方でなく、「帰って来ないのかい?」みたいな優しい問いかけです。

英語で「why」から始まる疑問型をとりながら、実は提案するという文型があります。これも、はじめて見た時、「なんで〇〇しないんだ」みたいな問い詰めるような言い方に聞こえてイヤな感じがしましたが、間違いです。

以上、外国語を日本語に直訳して、日本語の語感で判断することの愚かさと王維は五言詩も上手いなあ、という話でした。

2022.05.30

『雑詩』ふたたび

かつて王維の『雑詩』について書いたことがありました。



それから、この詩について考えるに、いろいろ分からないことが出てきました。

自分にはまだこの詩について語る資格はないようです。

じゃあ、いつ語る資格がある状態になるかというと、今の自分の漢詩学習法では永遠に来ない気がします。

漢詩は奥が深い。まぁ、ぼちぼちやっていきます。

2022.04.11

『兵車行』について

最近、戦争のことなどもあり、杜甫の『兵車行』について考えてみました。


この詩は反戦詩です。反戦詩にもいろいろあって、現場の戦場の悲惨さを伝えるものもあります。しかし、この詩には悲惨な戦場の場面は出てきません。杜甫自身に従軍経験がないこともあり、悲惨さは主に杜甫自身が目撃した兵士を送り出す側の場面を描写することで表現されています。それでも充分貧しい人たちの塗炭の苦しみが伝わってきます。

そして面白いのが、最後のクライマックスです。「君不見」からはじまるこの部分ですが、よく考えてみると、杜甫自身も青海には行ったことがなく、見たこともない筈です。つまり、この部分は完全な「心象スケッチ」です。(幽霊が文句言ったり、泣いたりするところを見ること自体がアレなんですが)それを「君不見」と言っちゃうあたり、まぁこれは漢詩の慣用表現みたいなものというか、合いの手みたいなものなのですが、「誰も見たことないわ」とツッコミをいれたくなるのは自分だけでしょうか。

2022.04.04

漢詩で風刺

風刺という表現方法があります。

ただ、そういうのって、見ていてちょっと品がないというか、作者の品性を問われそうな内容であると思ってしまうこともあります。「人を笑わば穴ふたつ」なんで、正直こういう表現方法に賛同しがたい部分があることも否めません。

漢詩の中にも、風刺した作品があります。特に七言詩で作られた風刺の詩は、七言詩の醸し出す優雅さと相まって、とても美しく感じられます。これ、馬鹿にしているんじゃなく、褒めてるんじゃないかと思うこともあります。律詩書かせたら、ワケのわからないのしか作れない李商隠さんの絶句なんどを読ませていただいて、そう感じます。

2022.02.25

但の意味

但という漢字があります。

日本では「但し」という接続詞に使われることが多く、中国でも「但是」と書くと逆説の接続詞になります。

この度杜甫の『客至』という七言律詩を読んでいました。この詩の冒頭に、「舎南舎北皆春水但見群鴎日日来」とあり、今までは「但」という字を逆説の接続詞として読んでいましたが、どうもしっくり来ないことに気づきました。

そこで調べてみたら、「但」の字は、逆説の意味だけでなく、「ただ」という意味もある、というかどっちかというと、こっちの方がもともとの意味のようです。「但し」という書き方は多分当て字なんでしょう。

そして、そういう意味で捉えてみると、この詩の冒頭部もしっくり来ました。何か違和感があれば辞書にあたるということは学習の基本ですね。

2021.11.30

『横浜たそがれ』と七言絶句

『横浜たそがれ』という歌があります。

歌詞は書きませんが、名詞をぶつ切りに並べていくという形の詩が特徴的な歌です。(同じような歌として『北国の春』の冒頭部分が挙げられます)

この形式が実に漢詩的で七言絶句の味わいを彷彿とさせるものが同曲にはあります。

漢詩的の例を挙げますと『長恨歌』で二箇所ほど、この「名詞ぶつ切り」句を見ることができます。

調べてみたのですが、作詞者と漢詩の接点はあまりなく、偶然なのかも知れません。

2021.11.24

【漢詩】『何満子』と『母を尋ねて三千里』

『何満子』という五言絶句が『唐詩三百首』の中にあります。

故国三千里
深宮二十年
一声何満子
双涙落君前

以上が全文です。

この詩の冒頭を見て、『母を尋ねて三千里』というアニメを思い出しました。そして、すぐに「このアニメの原作の題名には『三千里』はないな」と直感しました。

このアニメの題名、あまりにも座りが良すぎます。七五調だし、「三千里」の平仄がぴったりくる。

調べてみると、原題は『アペニン山脈からアンデス山脈まで』というそうです。


日本語訳したのは、前田晃さんという方でこの方に漢文など古典文学に関する素養がおありになったのでしょう。


なんか「分かる人には分かる」みたいな、「以文会友」みたいな、時を超えて、前田晃さんと繋がったような感じがします。

2021.09.24

【漢詩】石魚湖上酔歌並序

七言詩については、いろいろ言ってきました。今回、新たな七言詩の形を見つけましたのでここにだらだらと書きます。

それが標題の詩です。この詩は古詩としては短い上に前半部分に六言という変則的な句を二つ持つ特殊な詩です。

それが故にか、この詩には独特のリズムが感じられます。それは端的に言うと「二拍子」です。余談になりますが、自分は二拍子と四拍子の曲の区別をつけるのが苦手です。実は三拍子と六拍子も区別がつきませんが、そっちはどうでもいいような気がするのです。が、二拍子と四拍子は天と地の違いがあるにも関わらず、違いをはっきり聞き分けられないのです。2と4が倍数の関係にあるせいで、小節の切れ目がはっきりしないのですね。

あだしことはさておきて、この詩ですが、和太鼓で合いの手を入れたくなるようなリズム感があります。前半の変則的部分もそうですが、後半の通常七言詩になっても同じリズム感です。こういうリズム感の詩って珍しいと思うのですが、他にもあるんですかね。留意しておきます。

2021.05.21

【漢詩】自河南経乱関内阻飢兄弟離散各在一処因望月有感聊書所懐寄上浮梁大兄于潜七兄烏江十五兄兼示符及下[圭β]弟妹

こういう題の詩です。律詩や絶句といった近体詩は内容が短いので、詠んだときの背景まで書ききれないということがよく生じます。でも、背景を入れたいというときは、序文を付けるか、こうやって題名にダラダラと書き連ねることになります。逆に背景を知られたくないときは「無題」などといった題名をつけることもあります。

だから、漢詩において題名というものはとても重要で、漢詩じゃなくても、題名をおろそかしている文章を見ると「なんだかなぁ」と思ってしまいます。

で、この詩ですが、七言詩です。内容は暗いです。これは、前に書いた「あまりにも暗すぎる曲を長調で作曲する」ような感じがします。そこで題名を見てみると「寄」の文字があります。つまり、この詩は各地のいとこたちに郵送したものなのですね。

手紙を受け取ったいとこたちからするとこの内容で五言詩だったとすれば落ち込んでしまうでしょう。でも、七言詩であれば救いを感じるんじゃないでしょうか。

そんなことも感じました。

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